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『Number』で組んでほしい野球特集3選

2025年も20日を過ぎましたが、ようやく、本年初投稿です(^^)。
今年もよろしくお願いいたします。

あと1週間少しでプロ野球のキャンプも始まる、といった時期になってきましたが、今回は、少し前に「書いてみたいな」と思っていたテーマを。

長年、愛読している、雑誌の『Number』。(初めてその存在を知ったのは、高校の図書館だった)

隔週刊で、様々なスポーツを取り上げているNumberですが、ここ数年は、大谷の活躍もあって、特集として野球を取り上げる号も、また増えてきている印象があります。
Numberの野球特集というと、大谷に関する特集のほか、NPB開幕時のシーズンプレビュー的な特集、夏の甲子園開幕の時期の甲子園特集、日本シリーズ終了直後のシリーズレビューが、主なラインアップ。
そこに、時折、そのときに勢いがあったり注目度がアップしたりしているチームの特集が加わる形です。

そんななか、昨年の秋、近年はあまり無かった野球特集の号が発行されました。
その特集テーマは、「星野仙一と仰木彬 。-令和に考える『昭和の監督論』」。

星野監督が楽天を初優勝に導いたのは10年前、さらに中日・阪神で采配を振るっていたのは、20~30年ほど前。
また、仰木監督がオリックスを優勝に導いたのは28年前、「10.19」は36年前ということを考えると、「チャレンジングな特集だなあ」(^^)と思いましたが、いささか守りに入っているようにも感じる近年のNumberの野球特集において、ある意味、昔のNumberっぽさも感じ、少し嬉しい気持ちもありました(なお、Numberは、2年前に「落合博満と野村克也」という特集も組んでいます)。

そこで今回は、個人的に「これをやってほしい!」と思う、野球特集を3つ挙げてみたいと思います。
なお、特集テーマに加え、それぞれ記事案も書いてみました。
(なかには、これまで実際に掲載された記事と重複する場合もあるかもしれませんが)


〔特集1〕

【 なぜチームは変われたのか。 -弱小球団からの覚醒-】

◯「新庄ファイターズ 躍動のその先にあるもの
新庄監督になって、3年目となった2024シーズン。
2年連続最下位からの、2位(75勝60敗8分け)というその成績は、多くの野球ファンにとって、シーズン前の予想を大きく覆すものでした。
実は、監督になって以降は、自身の監督哲学について披露することの少ない、新庄監督。
できれば、その直の声を、巻頭記事に持ってきたいところ。
なお、もし監督自身のインタビューがかなわない場合は、コーチ陣、あるいは選手たちの声から、2024年の躍進の理由を探る記事でもとも思います(ただし、12/5発売号で、それに類する記事は、すでに掲載されていましたが)。

◯「横浜DeNA、13年の足跡
2024シーズン、日本シリーズ制覇を果たした横浜DeNA。
ペナント3位からの栄冠ではあるものの、「28年ぶり」ということを考えると、まさに、本特集に合致するチーム。
今回の栄冠は、「DeNA」になっていなければ、為しえなかった(あるいは、もっとずっと先のことに)と思われます。
ということで、「横浜DeNA」になってからここまでの道のりを、首脳陣、そしてフロント、オーナー、そして選手たちの声から辿っていきます。
もし、新庄監督への直接のインタビューがとれない場合は、こちらが巻頭記事候補になるかもしれません。

◯「なぜ、オリックスは2年連続最下位から3連覇できたのか
2024シーズンこそ5位に終わったオリックスですが、2年連続最下位(かつ、直近12年で11シーズンがBクラス)からの3連覇というのは、これまでのプロ野球の歴史のなかでもなかなか無いケース。
その大きな要因となった中嶋監督へのインタビューができればベストではありますが、退団の理由を考えると、なかなか難しいかもしれません。ただ、フロント、選手(および元選手)、コーチ(元チームも含め)、オリックスの事情に詳しい記者などから、その「変化」の理由を分析することは可能かと思います。記事の最後は、2024年の反省で締められる可能性もありますが、ここ数年の実績という意味で言えば、前述2チームのケーススタディよりも参考になる部分も多いかもしれません。

◯「ホークス「20年連続Bクラス」からの脱却
21世紀以降という範囲で考えると「12球団で最も強い」といってもいいホークスですが、実は「20年連続Bクラス」という、プロ野球のワースト記録を持っています。
内訳は、南海時代の11年(1978~1988)、そして、ダイエー時代の9年(1989~1997)。
南海時代の1978~1986年は、最下位5度・5位が4度。さらに、ダイエーに買収され、福岡に移転してからも、なかなかAクラスに入ることはできませんでした。
王監督時代の”生卵事件“は、強いソフトバンクしか知らない世代の人にも、「歴史的事件」として知られているかもしれません。
”転換”のポイントとしては、やはり「根本陸夫」という名前が出てくると思われますが、「プロ野球史上最も長い低迷」からの脱却には、単なる1チームのことだけでなく、”プロ野球全体の歴史”も感じさせるものがあると思います。

◯「ボビー・マジックとは何だったのか
90年代末から2000年代は、ダイエー、ロッテ、日本ハムと、長年低迷にあえていでいたパ・リーグのチームが、次々に優勝を果たした時代でもありました。
そのなかでも、ロッテの変貌は、「バレンタイン監督のスタイル」が大きく作用したという部分で、他の2チームとはまた、種類の異なる変化だったように思います。
バレンタイン監督の選手起用などについては、優勝時に大きくクローズアップされましたが、それから20年が経ち、直近5年で4度のAクラスと、ロッテというチームが以前とは見られ方が変わった今、改めて、その転換をもたらしたといってもいい、バレンタイン監督の、それまでの日本野球とは異なるスタイルに焦点を当てた記事となります。

◯「カープ夜明け前。
横浜ほどではないものの、2000年代はBクラスが続き、『野球小僧』で「10強2弱時代」なんて特集も組まれた広島。
結果、Bクラスのシーズンは15年(1998~2012)にもわたりますが、その歴史に終止符を打ったのが野村監督。
野村監督は、監督退任後に発行した『変わるしかなかった』という自著で、当時、監督として行った意識改革などについて語っていますが、その野村監督、そして、その後を継いだ緒方監督の、監督時代の振り返りを軸として、25年ぶりの優勝を果たす2016年を含む7年間にスポットを当てます。
なお、緒方監督に関しては、監督1年目、チームの上昇気流を持続することができずにBクラスに終わり、再び低迷の時代へ突入する可能性もあるなか、どうやって、2016シーズン、再上昇を果たすことができたのかについても、掘り下げていきたいところです。

◯「チームを変えた男たち
長年低迷していたチームが、優勝を勝ち取るまでになる過程では、優勝経験のあるベテランの存在がクローズアップされます。
パッと思い起されるのは、金本、工藤、秋山幸二、駒田、そして、新庄らの存在。
本人、あるいは周囲の証言から、「チームが変わるには何が必要か」をあぶり出していきます。

◯「阪神タイガース 1999-2003 ー野村克也と星野仙一を分けたものー
「低迷からの脱出」ということで言えば、やはりこのチームの存在を避けては通れません。
80年代後半から2000年代初めまでの暗黒時代(1987~2001年の15年間で10度の最下位)。そして、2003年に、あの1985年以来、18年ぶりの優勝。
その「暗黒時代」と「優勝」の端境期にあたる1999~2003年に指揮を執った2人の名将でしたが、その結果は、まさに明暗がくっきりと分かれました。
これまでも、さまざまな書籍や雑誌などで(あるいは、最近ではYouTubeなどでも)取り上げられてきた、阪神監督時代の二人のコントラストですが、その時代を知らない野球ファンも増えているなか、改めて、何がその明暗を分けたのかに迫っていきます。

◯「広岡達朗はなぜチームを変えられたのか
80年代以降のプロ野球ファンにとっては、「西武黄金時代」の礎を築いたという意味で、プロ野球監督の「原体験」とでもいうべき存在。
さらに、もう少し前の世代になると、ヤクルトを初優勝に導いたその手腕も、強い記憶として残っているかもしれません(当時の広岡監督をモデルにした、海老沢泰久著『監督』という小説もありますが)。
「西武黄金時代」が始まった時代からは、すでに40年近くが経ちますが、90歳を超えた今でも、自身の野球への考えを発信している広岡氏。
ある意味、プロ野球の歴史を作ったといってもいい、その手腕について、ここでは、本人というよりも、その薫陶を受けた選手たちの証言などから、歴史が作られたいった過程を紐解いていきたいと思います。

◯「ドラゴンズファンが見る未来
一昔前の時代をクローズアップした記事がいくつか続きましたが、ここで、「この先」に目を向けた記事も一本。
正直なところ、「低迷から抜け出す」というテーマが、今、12球団で一番切実なチームといってもいいでしょう。
ほぼ巨人とリーグ優勝を分け合っていた2000年代中盤から2010年代初めまでの落合監督時代から10年あまりが過ぎましたが、2013年以降、Aクラスは2020年の3位のみ。「待ちに待った」就任だったといっていい立浪監督が、まさかの3年連続最下位。
最近は、その弱さが「ネタ」化されることもあったりしますが、ファンとしては、「来季こそは…」「今度こそは…」という思いと、「でも、やっぱり…」という思いが交差する、この10年ほどだと思います。
記事では、ファンであったり、地元のテレビ・ラジオ局の関係者、あるいは記者の声を紹介しつつ、その後、中日ファンに信頼のある解説者の声も入れ、最後は、権藤博氏の言葉で締める、という構成がよいでしょうか。

◯「プロ野球 確変の歴史
タイトル通り、年表を交えつつ、前述で紹介した球団をはじめとして、弱小球団からの覚醒を果たした歴代の球団を紹介していく記事。
データ分析に定評のあるスポーツライター、あるいは、クスッと笑えるような小ネタも入れるのであれば、そうした記事が得意なライターに執筆してもらうのがいいかもしれません。

◯「常勝を取り戻す。 -原監督、チーム再建のタクト-
「弱小球団」というテーマからは一番遠い所にいるように思える巨人ですが、2000年代、2010年代と、低迷にあえぐチームの「危機」を2度にわたって復活させたといっていい原監督。巻頭記事でないと原監督自身へのインタビューは難しいかもしれませんが、当時のチーム状況を知る関係者の証言をもとに、巨人復活の裏側に迫る内容に。なお、構成によっては、3度目の監督キャリアの終盤では下降線を辿ったものの、その後を継いだ阿部監督が優勝を成し遂げたことも入れてもよいかと思います。

なお、上記のほか、阪急と近鉄を球団初優勝に導いた西本幸雄監督を取り上げた記事、また、MLBにおける弱小球団の歴史を紐解く記事もありかと思います。


〔特集2〕

【 振り返ればヤツがいる。-二遊間に刮目せよ- 】

特集タイトルは、三谷幸喜氏に、このタイトルを使ってよいか承諾を得る必要があるかもしれません(^^)(一応、「奴」ではなく「ヤツ」を使用)。
なお、もしこのタイトルを使えない場合は、【二遊間の矜持】などがタイトル案になるでしょうか。

◯「不可能を可能にする守備」(矢野雅哉
打撃成績の指数が軒並み下落し、投手陣においても「沢村賞」5年ぶりの受賞者なしと、例年に比べると、投・打において、インパクトに残る選手が少なかった2024シーズンにおいて、もしかしたら、一番強烈なインパクトを残したのは、矢野選手の守備ではなかったと思います(あと、万波選手の「肩」)。「プロ野球選手が選ぶ守備No.1」といったようなランキングでも、長年1位を張っていた源田選手に代わって1位の座に。
ということで、2024シーズンを代表する選手といっていい矢野選手を、思い切って巻頭記事に。
なお、表紙は、矢野選手単独でもいいですし、この後出てくる選手たち数人も含めて、ページ4~5分割で掲載するレイアウトでもいいと思います。
また、インタビューに加え、「自身が選ぶベストプレー5選」(「識者が選ぶ…」でもよし)といった記事を掲載しても面白いかと。

◯「守備職人の頭の中」(源田壮亮
もはや、その守備の上手さについて説明不要。個人的には、愛知学院大学時代、大学野球選手権を見に行った時に目にした守備は衝撃でした(まさに「こういう選手がプロに行くんだろう」というプレーだった)。
今オフは、思わぬ形でプロ野球選手としてのイメージを下げてしまいましたが、そのプレー自体は、球界随一のものがあります。
すでに、これまで守備に関する取材は多数受けているかとも思うので、今回は、単なるインタビューとは少し角度を変えて、「スローイング」「ゴロ捕球」「守備位置」「飛球の処理」「データ」「アマチュア時代」「グラブ」など、数テーマを用意して、それぞれについて語ってもらう形ではどうか、と思います。
なお、場合によっては、辻発彦・元監督だったり、守備について源田選手と「語り合える」聞き手との対談の形式でも面白いかもしれません。

◯「エリア33の矜持」(菊池涼介
レギュラーを獲った2013年から、2024年で12シーズン目。おそらく、この10年のNPBで最も好プレーを見せてくれた選手。
ここ数年は、守備範囲や試合出場が低下傾向にはありますが、それでも「それをアウトにするのか」というプレーをたびたび見せてくれます。
これまでのキャリアも振り返ってもらいつつ、菊地選手だからこそ見えている風景に迫りたいところです。

◯「雌伏の時を乗り越えて」(吉川尚輝
レギュラー定着前から、その守備力への評価は高かった吉川選手。そして、2024シーズン、ようやくゴールデングラブ賞を受賞。
周りからの大きな期待とは裏腹に、その期待に応えきれているとは言い難かった、入団から5年目までの時期。そして、そこから何が変わって今に至るのかに迫りたいところです。

◯「"常勝”の使命を背負って」(今宮健太
以前、『球辞苑』だったかで、守備のことについて話せることは無い、といったような発言を記憶している今宮選手。
しかし、ショートを取り上げる特集ということを考えると、2012年からほぼ全てのシーズン、ホークスのレギュラーを張っているショートとして出続けているこの選手は取り上げたい。
そこで、もしかしたら「常勝チームのショート」という切り口ならば、取材を受けてくれるのでは、ということでの企画。
もし、本人への取材が難しい場合は、ホークスに詳しいライター、あるいは記者の視点による記事でも、とも思います。

◯「アライバが見ていた風景」(荒木雅博・井端弘和
”二遊間”と言えば、この二人。すでに、それぞれが、YouTubeチャンネルなどで、当時のエピソードを話しているので、新しい話はそこまで無いかもしれませんが、二人の対談であれば、また新たなエピソードが出てくるかも。
ただし、現・日本代表監督という立場の井端氏が、自身のプレーに関する取材を受けてくれるかどうか。
その場合は、高代延博コーチらの証言を交え「アライバはどうやって作られたか」という記事にしてもいいかもしれません。

◯「ショート群雄割拠時代 -1990年代のセ・リーグ
  (川相昌弘/池山隆寛/野村謙二郎/宮本慎也/石井琢朗/久慈照嘉)
上記に名前を挙げたように、多くの選手がしのぎを削った、1990年代のセ・リーグのショート。
それぞれ、ライバル視していたこともあったであろうなか、お互いへの評価、また、当時の各チームの指導者などの声なども紹介しつつ、当時を振り返っていきます。

◯「小坂誠は何が凄かったのか
「歴代で一番上手いショートは?」という質問のときに、必ずといっていいほど名前が挙がるのが、小坂選手。
なお、この記事は、ハナから小坂選手のインタビュー形式での記事は断念しているので(^^)、周りの証言(それこそ、アマチュア時代も含め)、さらには、データの分析も交え、その凄さを解明していきます。

◯「二遊間の育て方
前述のアライバの記事の内容によっては、その記事に吸収される形になってしまうかもしれませんが、できれば、二遊間を「育てる側」の話も聞きたい。
前述の高代コーチはじめ「指導者目線」からの二遊間論も読みたいところです。

◯「データが語る、二遊間の実力
このデータ全盛時代において、記事の順番としては後ろ過ぎるかもしれませんが、やはり、データから見える本当の二遊間の実力という部分は見たいところ。
ページが許せば、総合的な数値だけでなく、より細分化した項目でのランキング、さらには、それをどう選手起用に行かしていくかについても踏み込めると、データ紹介からさらに昇華した記事になるかと思います。

◯「パ・リーグファンが目撃した、80年代パ・リーグの名手たち
セ・リーグと比べて、中継でそのプレーを目にする機会が圧倒的に少なかった80年代のパ・リーグ、特に西武を除く5球団の二遊間の名プレイヤーを紹介していく記事(「データが語る、……」とは正反対のテイストの記事かもしれませんが)。
当時の各チームの二遊間のレギュラーは、多少、時代差はありますが、福良淳一・弓岡敬二郎、西村徳文・佐藤健一・水上善雄、白井一幸・高代延博・田中幸雄、河埜敬幸・定岡智秋・小川史・湯上谷宏、大石大二郎・吹石徳一といったメンバー。これらの選手、さらに、それ以外の準レギュラークラスの選手でも、その守備が印象に残る二遊間のプレーヤーについて、当時を知るパ・リーグファンに思い入れたっぷりに語ってもらいたいと思います。

◯「アマチュア識者おすすめのフリヤツプレーヤー
「振り返ればヤツがいる」を「フリヤツ」と略すこと自体、一昔前のタイトルの付け方な気もしますが、それはさておき(若干、「野球太郎(小僧)」テイスト感じもありますが)。
タイトルどおり、大学・社会人・高校で、この選手のプレーは一見の価値ありという選手を、アマチュア野球に詳しいライターに紹介してもらう記事。
なお、”ドラフトの有力候補”という視点からのみの紹介ではなく、プロに来る可能性はほぼ無い社会人プレーヤー、また、打撃面ではプロを考えると厳しいがとにかく「この選手の『守備』を見てほしい」という選手も含めて、紹介してほしいところです。

◯「〇〇〇が選ぶMLBフリヤツプレーヤー
こちらも、前述の記事と同じく、タイトルどおり、MLBのおすすめプレーヤーを紹介してもらう記事。
MLBにそこまで詳しくない読者のために、番付(MLBですが(^^))のような形での紹介、あるいは、「○○力:特A」「△△力:B」(セイバーメトリクスではなく、完全なる主観)といったように、能力を細分化する形での紹介の仕方でもよいかもしれません。
選者については、いわゆるMLB識者といった人でもよいでしょうし、あるいは、依頼が可能ならば、アメリカ現地の記者による選定でも面白いと思います。

◯「球界No.1へのスタートライン」(宗山塁)
ドラフト前からすでに多くの取材を受けている宗山選手ですが、いざプロ1年目のシーズンに入るにあたって、その「現在の心境」を聞くことは、本特集の締めにふさわしいかとも思いました。
なお、現時点では、まだ、村林選手と、どちらがショートのレギュラーポジションを奪うか、わからない状態。
その意味では、プロ入団時、同じような状況だった鳥谷氏(レギュラーショートとしてすでに藤本選手がいるなかでの入団)との対談も、見てみたい気もします。


〔特集3〕

【甲子園を夢見て -届かなかった夢の行き先-】

Numberの野球特集といえば、甲子園。
年代を問わず、人々の記憶に残る数々の試合があり、毎年のように特集が組まれるのはわかります。
ただ一方で、常々、少なからぬ違和感も感じていました。それは「決して、甲子園だけが高校野球ではない」ということ。
甲子園は、球児たちにとって、ある意味「すべて」ではあるものの、決して「甲子園」が「高校野球」のすべてではない。
そこで、この特集では、「甲子園には行けなかった(あるいは、行かなかった)球児たち」にスポットを当てたいと思います。
雑誌の特集としては、王道から外れるかもしれませんが、Numberのような媒体が、こうした特集を組む意味は、決して小さくないようにも思います。
こちらの特集案については、「巻頭特集」をどれにするかは、現時点では決めませんでしたが、下記、思いついた記事案を挙げていきます。

近くて遠い甲子園
甲子園から近い高校に通っていたけれども、強豪校ではなく、甲子園は遥か遠い夢。その後、プロ野球選手になったという選手たちを特集。
そのなかでは、高校卒業4年後に、阪神のドラフト1位という形で、甲子園の土を踏むこととなった佐藤輝明(仁川学院高)は、その代表的な選手かもしれません。
他には、田口壮(西宮北高)、成本年秀(西宮東高)といった選手も候補になるでしょうか。
当然、甲子園を目指していたであろう一方で、現実に甲子園出場に行ける可能性はほぼゼロに近いという状況のなかで、どんなメンタリティーで高校時代を過ごしたのか、さらには、プロ野球に入り、選手として初めて甲子園に足を踏み入れたとき、何を思ったかなど、ある意味、特別な経験をしてきた選手たちの思いを聞いてみたいところです。

◯「最高の敗者
何をもって、この記事タイトルのようにとらえるかは人それぞれかとは思いますが、甲子園には届かったものの、見ているものの心に強く印象に残ったチームを取り上げる記事。
決して能力の高い選手が集まっているとは言えないながらも、勝ち続けていき、甲子園が見えるところまで歩みを進めたチーム。単なる勝敗というよりも、その戦いぶりが、見る者を感動させたチーム。圧倒的な優勝候補に、あと一歩のところまで迫ったチーム。県予選に出場すること自体が危ぶまれたなか、色々な人、そして選手たちの思いで出場までたどり着いたチーム……などなど。
1回戦を突破すること自体が難しいチームから、甲子園にあと一歩届かなった強豪校まで、「甲子園出場」という括りでは語られなかった、でも、野球ファンに知ってほしいチームを紹介していく記事です。

◯「甲子園に最も近づいたチーム」(小松大谷高校)
2014年の石川県大会決勝。8-0から、9回裏、星稜にまさかの大逆転負けを喫し、甲子園を逃した小松大谷高校。
もちろん、そこに関わった選手たちが皆、当時の傷が癒えているという訳ではないと思いますが、その後、当時を振り返る記事なども見られるなか、改めて、この試合を振り返ることで、甲子園というものの存在、そして、勝負事に潜むものを探っていければと思います。

◯「常連校が甲子園に行けないということ
強豪校に入った選手たちは、甲子園を「現実的なもの」としてとらえている意識が高いと思います。「常連校」と言われる選手たちはなおさら。
しかし、各都道府県において、選抜での1県2校の可能性をのぞけば、基本、甲子園に出場できるのは1校のみ。
甲子園を現実的なものとしてとらえて入学したにもかかわらず、その夢を果たせなかった球児は、当然かなりの数にのぼります。
そうした選手たちの、甲子園を思う、また、甲子園を逃した後のメンタリティーは、そうした高校以外の選手たちとは違うものがあると思われ、その部分にスポットを当てた記事となります。

◯「地方大会決勝という聖地
「勝敗」という意味では、甲子園の1試合より、その「重み」があるといってもいいかもしれない、地方大会決勝。
その意味では、その決勝が行われる舞台も、甲子園と同じく、球児たちにとって「聖地」といっていいかもしれません。
できれば、47都道府県の舞台すべてを、そこで行われた印象的な試合とともに、紹介していきたいところです。

◯「甲子園の無い最終学年
新型コロナウイルスの感染拡大の拡大により、センバツ、そして夏の甲子園が中止となった、2020年。
その後、このときの球児にスポットを当てた記事やテレビの特集などもありましたが、当時から4年ほどが経過し、改めて、当時の心境、そして、その後、各球児たちが抱いた思いを聞いていきたいと思います。

◯「ベンチ外メンバーにとっての甲子園
チームが甲子園出場を果たしても、ベンチに入れるのは、主力を中心とした限られたメンバーのみ。
スタンドで自チームに声援を送る選手たちの、本当の思いとは。

○「地方記者が選ぶ地方大会ベストゲーム
タイトルどおり、それぞれの都道府県の地方新聞・地方局の記者が選ぶベストゲームを紹介。
こちらも、1県あたりの紹介がかなり少なくなるかもしれませんが、できれば、全都道府県、載せたいところ。

◯「それぞれの部活・競技にとっての聖地
野球でいうところの「甲子園」は、当然、他のスポーツでもあると思われます。
メジャーな競技から、あまり競技人口が多くない競技まで、それぞれの「甲子園」がどこなのか(その紹介の過程で、各競技の全国大会のシステム紹介もすることとなると思いますが)を紹介していきます。
なお、体育会系に限らず、文化系の部活についても、紹介をしていきたいところです。

◯「『甲子園を目指さない』という選択
特集のタイトルとは真逆の内容にはなりますが、現在の高校野球に、少なからぬ問題点があることを考えると、こうした記事も入れたいところです。
ひとくちに「甲子園を目指さない」といっても、実力的に高くはないので、現実的には可能性が限りなく小さい甲子園を夢見るよりも「野球の楽しさ」を味わうことをモットーに活動しているという高校(指導者)だったり、プロ野球選手育成ということを目標に考えると、甲子園に固執することは実は遠回りになる可能性もある、といったスタンスをとっている高校(指導者)だったりと、様々なケースがあるでしょう。
なお、具体的な取材対象となると、「甲子園を目指さない」と公言したことのある、市ヶ尾高校・菅澤監督、あるいは、数は多くはありませんが、クラブチームで活動している、高校に相当する年齢の選手たちになるでしょうか。

○「20XX年の高校野球
最初は「改めて”甲子園至上主義”を考える」という記事を考えたのですが、それだと、議論する範囲が狭まってしまうように感じたので、もう少し範囲を広げて、「高校野球の未来像」という感じの記事の方がよいのではと考えました。
記事の作り方としては、高校野球はもとより、他のカテゴリーの野球人、さらには指導者・選手だけでなく、野球に関連している人たちの声を拾っていき(高校生だけでなく、中学生や小学生など、子どもたちの声も取り上げていきたい)、短期で解決していくべき課題、そして、長期的展望で考えていかなければいけない課題と対応策などを挙げていく形でしょうか。
できれば、ポジティブな方向でまとめたいところですが、野球界にとっては耳の痛いところにも触れていかないと、単なる、うわけだけのジャーナリスティックな記事になってしまうように思います。


以上、現時点で考えた、特集候補を挙げてみました。

なお、2025年、最初の「Number」の野球特集は「イチローと松井秀喜の時代」。

世代的には、ドンピシャの世代ですので、さっそく購入しましたが(^^)、今後、ときには、これまでの特集とはまた違った切り口の野球特集も見てみたいところです。

by momiageyokohama | 2025-01-23 00:57 | 野球(全般) | Comments(0)

「読んだ方が野球をより好きになる記事」をという思いで、21年目に突入。横浜ファンですが、野球ファンの方ならどなたでも。時折、ボクシング等の記事も書きます。/お笑い・音楽関連の記事はこちら→http://agemomi2.exblog.jp/


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