8月末から9月初めという時期にもかかわらず、5日連続で試合無しとなった横浜DeNA。
贔屓チームの試合が無いことの寂しさをひしひしと感じた先週末。
そんななか、今回は、前々から書こうと思っていたテーマについて書きたいと思います。
それは、標題にも書いた「ファンとしての『傲慢さ』とどう付き合うか」。
ファンによるSNSでの誹謗中傷が問題となっている現在、改めて、このことについて考えてみたいと思います。
なお、今回は「プロ野球ファン」という視点で書いていきますが、他のスポーツファン(特にチームスポーツのファン)にもあてはまる部分もあるかもしれません。
今回、あえて「ファンとしての『傲慢さ』」という、強い表現を使いました。
これは、その言葉からそのまま受けるネガティブな意味をクローズアップするという意図があります。
一方で、その「傲慢さ」は、ファンである以上、否応なく持ってしまう感情でもあるとも思っています。
今回この記事を書くと決めた際、ファンとしての「傲慢さ」は、大きく2つあると考えました。
一つは「(贔屓チームに)全試合勝ってほしい」という思いです。
これは、「傲慢」という言葉が本来持つ「おごり高ぶって人を見下す」「思い上がる」という意味からは、少し離れているかもしれません。
ファンとしてみれば「全部勝ってほしい」という感情は当然だとも言えるかもしれません。
ただし、優勝チームですら50敗近くはする、さらに、相手チームも勝利を目指して必死で向かってくる。
にもかかわらず、贔屓チームが負けた瞬間、「負けたこと=100%悪」でもあるかのように、戦犯探しに躍起になるという感情は、相手チームも必死で来ている、という部分が抜け落ちている点、また「プロ野球」がすべての試合を勝つことは不可能である、という自明のことが抜け落ちているという意味では、「思い上がり」の感情とも言えるかと思いました。
もちろん、贔屓チームの敗因を自分なりに分析することは、ある意味、野球ファンの習性ですし、ときに、批判の感情を持つことは、ファンとして当然あることではあります。
今回の記事を書くにあたって、昔(それこそ、このブログを書き始めた20年ぐらい前のものから)の自分の記事を見てみたのですが、恥ずかしながら、それこそ、文章のすべてに「なんで勝てないんだ」という思いが満ち溢れているようなものもありました。
もちろん、贔屓チームがあまりに勝てなかったという状況があった(^^)からという部分はありますが、それを差し引いても、相手チームの存在というものがほとんど見えていない、と思うような書きぶりのものもありました。
近年は、なるたけ冷静に、成績データなどを引きながら書くようにはしていますが、それは、ある意味、自分の、ファンとしての「傲慢な感情」を何とか抑えて書こうとしているからかもしれません。
なお、そうした「傲慢さ」を抑える見方としては、以前にも書きましたが、「140km以上のボールが飛び交う世界はどんなものなのか」ということに改めて思いを馳せるという見方があると思います(今や、140kmを超えて「145km以上の世界」にはなっていますが)。
一定レベル以上の野球を体験した人は除くとして、多くのファンは、その世界をリアルには体験していません。
バッティングセンターで130kmを体感した人はある程度いるかもしれませんが、145km超のストレート系に加え、多種多様な変化球が交じり合うなかで繰り広げられる世界は、ほとんどのファンの想像を遥かに超えるものであると思います。
以前、戦力外通告を受けた選手を取り上げた番組で、他の業界での道を選んだある選手が「この業界は努力すれば努力するだけ報われる。しかし、プロ野球は、どんなに努力しても報われるわけではないのが辛かった」といったようなことを言っていたのが強く印象に残りました(その選手自身、球歴という意味ではかなりのものを持っていた選手でしたが)。
もちろん、プロ野球以外の業種・職種が甘いという意味では決してありません。ただ、プロ野球選手のおかれている状況は、すべての業種・職種のなかでも、相当に厳しいものだとは言えると思います。
もう一つ、最近強く感じるのは、「プロ野球で一つ勝つのが、いかに難しいか」ということ。
これは、横浜が負けまくっていた時代よりも、ある程度勝負できるようになってきたラミレス監督以降のDeNAになってからの方が強く感じます(贔屓チームの優勝を目にする機会が多いソフトバンクや巨人のファンの方は、勝利に対する考えがまた違うかもしれませんが)。
それだけ勝ってほしいラインが上がってきたことの証かもしれませんが、であるがゆえに「優勝というものがいかに重いものか」ということも強く感じます。
ただし、贔屓のチームの負けを許容し過ぎることもまた違う、というのが、ファン感情の難しいところではあります。
果たして、「全部勝ってほしい」という「傲慢さ」といかに付き合うか。
自分の場合は、最近は、事前に「この部分がクリアされなければ、負けてしまうのも致し方ないだろう」という予防線を張っておくことで、チームが負けた時のダメージ(^^)を最小限に抑える方法をとっているように思います。
それでも負けた瞬間に、悔しさのあまり、他の放送に切り替えるということも無くはない(先日は、広島戦をスマホで見ていて、3-1で勝っていた9回裏、森原から菊池が打った瞬間画面が止まり、再び映った瞬間、ホーム近くで菊池を広島ナインが迎えていたのを見て何が起こったのかを悟り、そっと映像の画面を閉じた)ですが、前述のような、ファンを長年やってきたことにより培った、少し難しい言葉で言えば、「レジリエンス(心理学などで使われる言葉で「困難をしなやかに乗り越え回復する力」の意)」を駆使(?)しながら、そうした「傲慢さ」に対処しているのが現状です。
さて、もう一つ「ファンとして持つ『傲慢さ』」と考えているのが、「『野球を見る眼がある』と思われたい」という感情です。
しかも、これは、野球ファンを長く続ければ続けるほど、強くなってきたりします。
これは、SNSの発達により、より顕在化してきた感情ではないかとも思います。
かく言う自分も、間違いなく、この思いがあると言えます。
(それをはっきり認識させられたのは、野球とはジャンルが違いますが、「THE SECOND」(芸歴15年以上の芸人が出場する漫才の大会)というお笑いの大会について、ギャロップというコンビの林という芸人がレビューをしていたYouTubeチャンネルで、「お笑いレビューをしているファンは、少なからず、自分の見方への承認欲求がある」といったことを喋っていたのを見たときです)
この「傲慢さ」は、ある意味、ファンを続けていたら、多くのファンが持ってくる感情と言えると思います。
見方を変えれば、こうした感情は、「野球ファンであることの楽しみ」であるとも言えるかもしれません。
ただ、この「野球を見る眼があると思われたい」という感情は、次第に「私(俺)の方が、野球を見る眼がある」という感情に変わって行ったりします。
それでもまだ、ここまでは、ファン間でのソフトな論争に留まるのであれば、「野球ファンとしての面白さ」と言えるかもしれません。
しかし、これがさらに、「私(俺)の見方が絶対正しい」「(私(俺)と)違うあの意見(見方)はけしからん」となってくると、「野球を楽しく見る」という部分からは、かなり離れていきます。
SNSでのマウントの取り合いは、その最たる例とも言えるでしょう。
自分としては、いかに、評価の高い、あるいはアクセス数などの多いブログやアカウントでも、そこで相手の意見より上にいくことを主眼としているように感じる発言などを見ると引いてしまい、アクセスすることをやめます。
もちろん、自分も、そうした「自分の見方こそ正しい」というところから抜け出られない可能性を持っていると思います。
そうした状況に陥らないために、以前は、開幕前に
予想した順位の反省をしたりしこともありました(最近は、シーズン中、知らず知らず、自分の予想に近くなってほしいという思いになってしまうため、順位予想はしないことにしていますが(^^))。
最近は、プロ野球の(というか、プロ野球に限らずとも言えますが)あらゆる部分が、データにより可視化されるようになってきました。
これは、もちろんMLBの影響もありますが、これまで、あまりにもプロ野球界が「感覚」の部分を重視し過ぎた、さらには、プロ野球経験者以外の人たちに対して排他的であったことの大きな反動であるようにも思います。
データの充実は、野球の見方を広げてくれたと言えるかと思いますが、一方で、データ強者がデータに疎い人たちを見下すようなことは、以前、プロ野球経験者が、それ以外の人たちに対してとった行為と同じであるように思います。
そして、データ重視の見方に限らずですが、野球の知識を多く持ったとしても、決して驕らない、という姿勢は大事なように思います。
思いのほか、長くなってしまった、今回の記事。
人によって、思うところはさまざまだと思いますし、明確な結論を下すことを目的として書き始めたわけではないのですが、今回挙げた二つの「傲慢さ」とうまく付き合っていくには、前述した内容でも出たワードですが、「野球を楽しく見るために」という部分、そして、「現場で起きていることに思いを及ぼす」ことが大事なのではないかと思います。
前者は、「少し誤った方向に行きかけたときに、戻ってみる場所」のようなもの。
後者は、ファンの立場からは見えない現場の裏側で起きているかもしれないことへも考えをめぐらす、という部分も含んでいます。
情報が瞬く間に拡散する社会ということもあり、どうしても、過度な誹謗中傷の類がクローズアップされることが多いですが、そうした誹謗中傷をしない大多数が、ただし、少なからず持っている「傲慢さ」と、うまく付き合っていくことが、全体的な「野球を見る風通しのよさ」にもつながっていくように思います。
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