内山高志引退の今だから思うこと
2017年 08月 01日
27戦24勝(20KO)1分け2敗。
2010年1月に世界王座を獲得し、その後、11度の防衛。その11回に世界王座を獲得した試合を加えた12試合のうち、10度のKO勝利。
拳などの怪我により、試合間のブランクが長くならざるを得なかったという要因はあったが、日本人歴代最長となる6年3ヶ月にわたる世界王座在位期間。
そんな、記録にも記憶にも残る名ボクサーが引退した。
「内山引退」の報を聞いたとき、まず心によぎったのは「世界の強豪と相まみえる機会を作らせてあげたかった」という思い。そして、「もっと多くの人に知ってほしかった…」という思い。
その思いを代弁してくれるような言葉が、酔いどれケンタローさんという方のtwitterにあった。
「もっともっと有名になって欲しかった。彼の価値に相応しいだけの名声と富を手にして欲しかった」
本当に心の底から、内山高志というボクサーを、もっともっとたくさんの人に知ってほしかった。それは、日本でも、そして世界でも。
これだけの成績を残したボクサーではあるが、その日本国内の知名度は、決して高くはないと思う。「内山」という名前は聞いたことはあっても、その試合を見たことがある人となると、もしかしたら全体の2割ぐらいしかいないかもしれない。ボクシングファンとして、これほど残念なことはない。
そして海外。防衛回数は重ねていても、日本以外での試合経験がないということで、海外のファンのなかでも、その知名度はさほど高くなかったことが推測できる。
内山本人は、防衛戦を重ねていくなかで、海外の強豪との対戦を熱望するコメントを出すようになった。
ガンボア、マイキー・ガルシア、ウォータース……。実現すれば、そして勝利すれば、さらに一段高い景色を見ることができるのは間違いなかった。
しかし、それらは結局、ボクシング専門誌での誌上シミュレーションのなかだけで終わってしまった。
内山が圧勝した三浦隆司は、その後、メキシコでの初防衛戦の勝利、そしてジム・プロモーターのバックアップもあり、アメリカでの試合を実現させた。
いつだったか、テレビ朝日の、いろいろなスポーツ選手が出演していたバラエティ番組に内山が出演していたときのこと。そのなかで、ボクシングの話題になったときに内山が話したのは、当時世間的にも話題になった「メイウェザーvsパッキャオ」の一戦。当然、史上最高額のファイトマネーというところがトークテーマになったのだが、実力がありながらそうした場に立つことができない内山が、自身の話ではないメイウェザー戦の話をするという構図に、なんともやるせない気持ちになった。
内山がついぞ、世界の強豪と相まみえる機会を持てなかったことについては、ボクシングファンのなかで、ワタナベジムの渡辺会長を非難する声も多い。
しかし、一ジムだけに留まる話ではなく、現在の日本ボクシングの構造的な限界というとらえ方もできるのではないか。
日本人ボクサーが、世界で認められている強豪との一戦を実現させた試合となると、近年では、2012年の西岡利晃vsノニト・ドネアの一戦となるだろう。この試合が決まったときは、本当に心が躍った。
しかしそれと同時に、次のような思いも浮かんだ。
「果たして、今後、日本人ボクサーがこうした檜舞台に上がれる機会は訪れるのだろうか?」
西岡vsドネアの一戦は、さまざまな要素が積み重なって、ようやく実現した試合だった。西岡の海外での鮮烈な王座防衛劇(ジョニー・ゴンサレス戦)、帝拳の強力なバックアップ、地道な防衛ロード、そして西岡自身による積極的なドネアへのラブコール……。
確かに、その後、内山が防衛戦で圧勝した三浦隆司も、アメリカでの世界戦の実現を引き寄せた。しかし、これは三浦がある意味、攻撃力は凄いが穴もある王者だと思われたこと、そして日本国内での知名度を考えたときに海外で試合をせざるを得なかったという事情もあるだろう。
一方で、圧倒的な力を持つ世界王者になるほど、「陣営が海外での試合開催に二の足を踏む」、そして「相手陣営からすると知名度が低いうえに強いボクサーということで敬遠する」という悪循環を生む側面がある。
内山だけでなく、帝拳というバックボーンを持ちながら、同じく防衛を重ねている山中慎介が、本人が真に望む強豪との対戦をなかなか実現できない(それでも、ダルチニアン、モレノとの試合を実現することはできたが)というところにも、それは表れている。
皮肉にも、海外の強豪との一戦を実現できているのは、相手からすると「勝って当然」と思われて呼ばれる日本人ボクサーがほとんど、という状況には、臍を噛まずにはいられない(そんななか、木村翔がアップセットをやってのけたが)。
「当初の予定どおり」とはいっていないものの、それでも、アメリカでの一戦にこぎつけた井上尚弥と大橋ジムが、そうした状況を突破してくれることを期待したいが……。
少し、内山の話から逸れてしまったので、話を戻す。
もともと、内山の試合は、日本テレビ系のジータスで放送されていた。
その流れから考えると、世界初挑戦となったサルガド戦も日本テレビで放送されるかと思ったが、世界的にも強豪がひしめくスーパー・フェザー級ということで、王座獲得の可能性は薄いと踏んだのだろうか。世界初挑戦を放送したのは、テレビ東京だった。
内山に限らず、当時、視聴率がとれないと言われていたボクシングの世界戦の放映に各局が二の足を踏む中、地上波で放映してくれたテレビ東京には感謝をしなければいけないのかもしれない。ただ、この中継局の変更が、その後、内山の知名度が実力に比して上がらなかったことに、少なからぬ影響をもたらしたとは言えるだろう。
そのサルガド戦。前年、ホルヘ・リナレスを、まさかの1RKOで下したその実力はまだ測りかねるところはあったが、言ってもリナレスに勝ったボクサー。
東洋太平洋タイトル戦では圧倒的な力を見せていた(6戦6勝5KO)とはいえ、世界レベルでの力がどれほどのものかわからなかった内山の真の力が試される一戦となった。
実際、試合が始まると、内山が序盤から優勢に戦い、最後12Rにサルガドを仕留め、その力が世界レベルであることが初めて証明された。
その後の防衛戦では、「ノックアウト・ダイナマイト」の通称そのままに、対戦相手を次々とリングに沈めていく。しかも、多くの選手が、試合後、肋骨や顎の骨折など、かなりのダメージを負った。のちに、世界王者となる三浦隆司も、内山との試合では、ほぼ左パンチでの攻撃のみにもかかわらず右目が完全に塞がり、8R TKO。試合後、三浦は「あのまま続けていたら死んでいた」とのコメントを残した。
そんな強烈な印象を残す内山の試合のなかでも、一番印象に残っているのは、4度目の防衛となるホルヘ・ソリスとの一戦。
11R、内山の強烈な左フックがソリスの顔面をとらえ、一発失神KO。正直、肉眼では確認できないほど切れ味の鋭いパンチだったが、その数ラウンド前からボディへのパンチで布石を打っておいてガードが空いたところへの一撃だったというその周到さに、単なる馬力だけでない強さを見た(この試合は、WBAの2011年度のKO賞も受賞している)。
続くファレナスとの5度目の防衛戦では、スピードがあり且つ中に入ってこようとする相手への対応に一抹の不安をのぞかせた(試合は、3回、負傷判定で引き分け)が、その後も、ハイデル・パーラを左ボディで悶絶させた一戦など、その強さを見せつける内容で防衛を重ねていく。
さすがの内山でも「危ないのでは」と思われたジョムトーン戦(10度目の防衛戦)でも、右ストレート一発で、ジョムトーンをリングに大の字にさせた。
そんな防衛ロードの終焉は突然訪れた。
12度目の防衛戦となったジェスレル・コラレス戦。試合前、コラレスが減量に苦しんでいるというニュースもあり、そこまで名の知られた選手というわけではないコラレスに内山が負けるイメージはなかった。
しかし、内山は2R、3度のダウンを喫し、王座から陥落する。
この試合が終わった後、多くのボクシングファンは、内山が負けた理由を絞り出そうとしたことと思う。一番に考えられたのは、今回こそと思っていたウォータースとの対戦、さらにはその後のフォルトゥナとの一戦が実現しなかったことによる、モチベーションの低下……。
ただ、内山自身が、まだ世界王者であった時から言っていたように、年齢による反応の衰えも、おそらくあったのだろう。
もともとスピードに秀でたというボクサーではないが、それでも、コラレス戦の1Rが終わったとき、そのスピード差は歴然としていた。
その1年後、再戦となった一戦でも内山は敗れる。それから7ヶ月を経ての、引退表明だった。
内山高志は、その戦績が示す通り、“強いチャンピオン”だった。
ただ、その“魅力”は、ただ強かったからだけではない。
その“強さ”の裏には、練習内容に裏打ちされているのであろう“自信”が垣間見られた。
ただし、そこには、強さに起因する“驕り”は見えなかった。
ボクシングは、ただ相手を叩きのめして、試合後「ざまあみろ!」という言葉を投げかけるスポーツではない。技術はもとより、精神的な部分での、本当の意味での“強さ”を、リングの上で表現するのが、ボクシングである。
その本当の意味での“強さ”を思う存分見せてくれたからこそ、内山高志というボクサーには魅力があったのだと思う。
度重なる拳の怪我などもあり、事前の実戦練習がほとんどできずに本番に臨んだ試合もあった、という話もある。そんなときでも、“ボクサー内山高志”は、圧倒的な“強さ”を見せてくれた。
記事の冒頭で、内山高志というボクサーを、もっともっとたくさんの人に「知ってほしかった」と過去形で書いたが、その戦いの足跡は、これからも残る。
引退した今だからこそ、さらに、内山高志というボクサーを、もっともっとたくさんの人に知ってほしい。



























