解説において「大事なもの」
2016年 06月 07日
それは、錦織圭の全仏オープンテニス。
残念ながら、4回戦で地元フランスのガスケに敗れてしまったが、第1セットの雨での中断以降、ラリーの速度が遅くなったことで、明らかに試合の趨勢が変わったところなど、試合としての面白さが詰まった試合ではあった(その前の3回戦のベルダスコ戦も、タフな試合だったが)。
なお、今回、地上波中継の実況・解説は、植草朋樹アナ(テレビ東京)と、竹内映二氏(元・デビスカップ日本代表監督)。
こと、日本人スポーツ選手の世界での戦いにおいて、客観性を欠く実況・解説になりがちな放送も少なくないなか、今回の全仏オープンの中継は、比較的公平かつ聞きやすい放送だったと思う。
竹内氏は、デビスカップでの戦いなどにおいて、日本の世界でのポジションを肌身で感じている人でもあり、その状況のなかで「何をすることが、勝利に導くのか」を心底考えてきた人であったということも大きいかもしれない。
また、植草アナも、錦織を応援しつつも、相手選手の力も認めたうえでの実況スタンスであり、必要以上に竹内氏を煽ったり(「解説を煽る」のは、オリンピックなどで、よくありがちなパターン)しなかったところに好感が持てた。
テニス中継は、ポイントの合間の「静」の時間が長い競技だけに、実況・解説のききやすさは非常に大切である。
少し前の時代ではあるが、ウィンブルドンでの森中アナ・福井烈氏のコンビなどは、やはり安定感があった。
また、最近はGAORA以外での解説も増えている辻野隆三氏も、解説している試合数が多いだけに、試合のポイントを的確に抑えた解説という印象はある(現役時代と比べると、だいぶボリュームは増えたが(^^))。
テニスという競技は、試合の「流れ」というものが明らかにある(それこそ、自分のような草テニスプレーヤーですら)。
それがゆえに、場面場面での的確な解説・実況が求められる競技でもある。
解説者は、ポイントとポイントの合間で、いかに両選手が思い描いている画(あるいは思い描くべきだが、思い描けていない画)を想像し、それを言葉にしていくか。
そして、アナウンサーは、限られたポイント間の時間で、いかに的確に現在の試合・場面状況をつかんだ2~3センテンスの言葉を発することができるか。
また、テニスの場合、1st・2ndサーブでのポイント獲得率、直近数ゲームでのポイント獲得の内訳など、データも適宜表示されるので、それらも効果的に取り入れた実況・解説だと、視聴者に、よりゲームの趨勢がわかりやすく提示される。
しかし、そのなかでも、特に解説において大切なものは、半ば自分がプレーしているかのような「現場感」なのではないか。
現在のポイント・状況を考えて、リターンをどちらのコースに張るか。相手の調子のいいショットを封じ込めるために、どういったコースを多めに打つか。どこかで、一発かますショットを打つ必要があるか。相手が気持ちよく打っているので、ちょっとラリーのテンポを遅くするか……などなど。
なお、テニス解説者のなかで、露出は圧倒的に多いものの、中継での解説はあまりない松岡修造氏。
ともすると、「うるさい」解説ともとられがちだが、その圧倒的な「現場感」を持った解説は、テニスをふだん見ない人だけでなく、テニスをやっている人のウケも意外とよかったりする(あくまで、自分のまわりでテニスをやっている人の範囲内ではあるが)。
翻って、数的には絶対数の多い野球解説で、そうした「現場感」を持った解説をできている人はどれぐらいいるだろうか。
もちろん、一部、大上段に立った解説が許された人もいるかもしれないが、本質的には、現場の選手たちが、その解説を聞いて「そりゃ、解説席からなら、いくらでも言えるだろうよ」と思うような解説は、その任を果たしているとは言えないだろう。
今はソフトバンクの監督となった工藤公康氏が、解説者としての評価が高かったのは、「現場の選手の気持ち」にも思いを馳せた解説だったからだと思う。
また、一昨年まで現場でコーチを務めていた川口和久氏などは、多少熱すぎるところもあるが、「現場感」がかなり出ている解説だと感じる。
他だと、タイプはそれぞれ違うが、高木豊氏、石井一久氏も、選手の「現場感」をある程度取り入れた解説という印象。
一方、ここは好みが分かれるところもかもしれないが、金村義明氏、岩本勉氏の、ちょっと選手の人間くささに触れるような解説も意外と好きだったりもするが。
いずれにせよ、スポーツとしてのメジャー度に比べて、野球の「解説」のレベルは決して高くない。
残念ながら、そう思わされた、全仏テニスの中継だった。



























