12.14 後楽園ホールの衝撃 - 内藤律樹 vs 尾川堅一 -
2015年 12月 28日
ありふれた表現だが、試合後に浮かんだ思いは、その一言だった。
2015年12月14日、後楽園ホール。
日本スーパーフェザー級タイトルマッチ、内藤律樹vs尾川堅一。
王者:内藤 13戦13勝(5KO)無敗
挑戦者:尾川 17戦16勝(14KO)1敗
戦績だけ見ても十分、日本のトップボクサー同士の対決なのだが、ここまでの試合内容も濃いもの。
内藤は今年の2月、同じく無敗のホープ、伊藤雅雪(16戦無敗)との熾烈な技術戦を制し、3度目の防衛。さらに6月には、1階級上の元世界ランキング1位・荒川仁人との一戦にも勝利。世界ランクトップ10入りも果たした。
一方の尾川も、前戦で、無敗の世界ランカーを10回TKOで下し、8連続KO勝利。
さらに、この一戦の輪郭を浮き立たせるのは、互いの経歴。
内藤律樹は、あの「一瞬の夏」(沢木耕太郎 著)の主人公であるカシアス内藤の息子(そして、現在は、ジムの会長と選手という関係)。その父のDNAを受け継いでか、アマチュア時代、高校三冠に輝くなどの実績を残し、さらに、独特のリズムのボクシングスタイルと、アフロヘアという風貌は、一度見た人を惹きつけずにはいられないボクサー。
一方の尾川も、いかつい風貌から思わず納得できてしまう、“日本拳法”出身者という、他格闘技からの転向組という経歴。
まさに、“柔”vs“剛”の対決。
そんなボクシングファン注目の一戦は、開始日の午前中に、ぴあのチケットが瞬殺で売り切れ。自分は、主催団体である「DANGAN」からチケットを購入したが、それでも当日の午後には、すでにリングサイド付近の席のみしか残っていないという状況だった。
この日の6試合目となる、メインイベント。
時刻は21時15分をまわったあたり。
まずは、青コーナーから尾川堅一が入場。帝拳ジムの大応援団の声援のなか、緊張感を漂わせながら入場してくる。身長173cmとのことだが、ゴツい身体のせいか、もう少し大きく見えた。
続いて、赤コーナーから、内藤律樹入場。
入場曲は、いつものアース・ウィンド&ファイアーの『September』と思いきや、違う登場曲だった。
エメラルドグリーンに金のラインが入ったガウンを被った内藤が、自信を身にまといながらリングに入ってくる。そして、フードを脱いだその頭はアフロヘアをばっさり切った髪型だった。
互いにコールを受けたときも、明らかに気合いが満ち溢れている内藤。
その赤コーナー下には、サングラスをしたカシアス内藤。そして、自分たちのイメージよりだいぶ年を重ねた沢木耕太郎がいた。
この試合前のボクシングマガジンのインタビューで、内藤は、以前に行った尾川とのスパーの印象から「スピードに圧倒的な差がある。一発ももらうこととはない」といったコメントをしていた。一方の尾川も、内藤ほどでないが、自信を含んだコメントをしている。
この試合、ボクシングファンの大方の予想は、「尾川の破壊力は凄いが、内藤のスピードに一日の長あり。内藤がさばききって勝つ」というものだった。
その答えが、明らかになる。
いざ、ゴング。
と、オープニングで、拳をかわす間もなく、尾川が攻めかかっていった。
その先制攻撃にほんの一瞬戸惑った内藤だが、それを食うことなく、バックステップ。そこからは、尾川の気迫と、内藤のプライドが交差する時間。
攻める尾川。それをフットワークとボディワークでかわす内藤。さらに、身体を巧みに揺らしながら、尾川の隙を狙う内藤。とにかく、互いの間の取り合いが凄い。内藤のパンチのよけ勘とハンドスピードも速いが、尾川の距離を詰めるスピードも、それに劣らないほどの速さ。
この試合前に行われた東洋タイトルよりも、さらに2段階、3段階ぐらいギアが上がったかのような攻防に圧倒されるなか、あっという間に、1Rも残りわずか。
このまま激しい1Rが終わる…、と思ったその時、尾川の打ちおろしの右が内藤のアゴをとらえる。
尻もちをつく内藤。立とうとする…、が、足元はおぼつかない。このまま、衝撃の1RKOという結果で終わるのか……。そんな思いがよぎるなか、何とか、立ち上がった内藤。それでも、ファイティングポーズをしっかり取るまでには至らない。レフェリーが内藤の眼を確認する。どうなんだ。下した判断は「続行」。そこでゴング…。
もし時間が残っていたら、確実に畳み掛けられて終わっていたであろう、ダメージの大きいダウンシーン。
予想だにしなかったことが眼の前で起きたことに、半ば信じられないまま、休憩の1分間は過ぎていく。
おそらく、この1分でダメージは抜けきらないであろう、内藤。
2Rが始まった。猛然と内藤に襲い掛かる尾川。それをなんとかかわす内藤。当然、クリンチも使う。なんとか、ここは凌いでほしい。それでも、手負いの内藤をコーナーに詰める尾川。尾川連打。
しかし、それをボディワークでかわしまくる内藤。
「絶対に負けない」ために、そして「絶対に勝つ」ために、互いのボクシングがぶつかり合う。
さらに、猛攻を凌いだ内藤が、今度は、攻めで戦局を打開しようとする。決してパンチ力があるとは言えない内藤だが、キレ味鋭いパンチが尾川の顔面をとらえる。ここで、明らかに、尾川の攻めは一度止まった。
「まさか2R中に生き返るとは…」という驚きのなか、1R以上に濃い2Rが終了。
とても6分間という時間には思えない2ラウンドが終わり、その熱も冷めやらないまま、3Rへ。内藤は、ある程度ダメージは抜けた感がある。右のジャブで距離を探って、左ストレート。そして時折、右に回ってのフック気味のストレート。距離空間も、次第に内藤が制していっている感じか…。と思ったところで、その突進力で瞬く間に、内藤をコーナーに詰める尾川。当然、右の破壊力は健在。もう一度、ダウンをとる光景も頭をよぎる。それでも、その圧力を回避し、再び、尾川のガードの隙を狙う内藤。
全く落ち着く暇も無いなか、高度な緊張感の戦いは続く。両陣営の応援もヒートアップ。
4R。引き続き、両者のせめぎ合いが続く。オーソドックスの尾川とサウスポーの内藤が、互いに前腕で距離をはかりながら、尾川は右、内藤は左を当てるタイミングを狙う。パンチのキレ的には内藤に分があるが、とにかく、尾川の距離を詰めるスピードが速い。そして、尾川は、顔面だけでなく右ボディも狙っている。
それでも、若干、内藤がペースを握りつつあるかというなかで、4R終了。
ただ、尾川陣営には、田中繊大、大和心という、数多くの激戦を戦い抜いてきたセコンド陣がいる。当然、内藤攻略の策を尾川に話しているはず。
一方の、内藤陣営も、前戦の荒川仁人戦で、父であるカシアス内藤自らが、律樹にショートアッパーの多用を試合中に指示し、試合を優勢に持って行ったということがあった。
セコンド陣の戦いという様相も含みつつ、試合は5Rへ。
相変わらず、両者の意地がぶつかる攻防。
お互い、ジャブを出し合いながら、尾川は右を、内藤は左のストレートをいかにして当てるか探り合いが続く。
1分過ぎ、両者の腕が絡まりクリンチ状態になったところ、尾川が内藤を投げ飛ばそうとする。一発で反則をとられてもおかしくない行為。
傍目にはイーブンに見えるも、パンチが当たらなくなってきたことに尾川のストレスが溜まったのか。
ここは注意だけで終わり、再び緊張感のある距離の取り合い、パンチの出し合いが続く。そして、2分20秒過ぎ。両者の頭が激しくぶつかる。
オーソドックスとサウスポーとの差し合い、しかも、両者、距離の取り合いに必死という状況から考えると、起こり得る事態。
しかし、ここは両者ダメージを追うことはなく、両者グローブタッチし、再び試合再開。
「もしかしたらこの後、何ラウンドかで、また激しく当たるかもしれないな」
そう思った矢先、再び、両者の頭が当たる。よろめく内藤。そしてうずくまる。
立ち上がった内藤の眉間からは、夥しい出血。一目でこれは続行不可能だとわかるほどの負傷で、試合は唐突に終わった。
4R以内での試合終了ならばドローとなるが、5Rに突入していたということで、試合は判定に。
1Rのダウン、そして2R前半の攻勢を考えると、尾川有利か。
コールされた勝者は、尾川。
その瞬間、青コーナーに上って、応援団を指差し、吠える尾川。
一方、傷口の手当をされながら、赤コーナーに座ったままの内藤。
リングサイドでは、カシアス内藤が審判席まで歩を進め、激しい剣幕で詰め寄る光景が。
それを関係者(もしかしたら弟だったかもしれない)がなだめ、さらに、沢木耕太郎がコーナーへ戻るように手を引いていった…。
リング上では、インタビューを受ける尾川。
世界ランク入りはしていたものの、今の規定では、日本王座、あるいは東洋王座を獲らなければ世界挑戦はできず、その意味でも、人生を賭けるぐらいの試合だったかもしれない。
と思っていたところで、写真を傍らに話す尾川。
実は2ヶ月前に、父親が病気で亡くなっていたとのこと。
試合自体も、そしてリングの外でも、あまりに色々な要素があり過ぎた試合。ドラマでも、こんなストーリーは書けない。
嵐のように始まり、嵐のように終わった、この一戦の衝撃は、おそらく今後も忘れることはないだろう。
これまでの生観戦で一番の衝撃を受けた試合は、「松倉義明vs名護明彦」だったが、両者の拮抗具合を考えると、それを超えた感がある。
試合後、一緒に見に行っていた人たちと、熱く、眼の前で目撃した一戦について語り合った。
「もし、5R以降も試合が続いてたら…」
内藤がペースを握って、逆転で判定勝ち。
尾川が、再び内藤に右を打ち込んでKO勝利。
再びバッティングが起こり、負傷判定へ…。
どれも、可能性があったと思う。
ただ言えるのは、濃密過ぎる時間が、さらに続いていたということ。
実は、この日の興行は、セミファイナルで、さきの内藤の防衛戦で拮抗した勝負を見せた伊藤雅雪と、“江藤三兄弟”として知られる具志堅の愛弟子・江藤伸悟との、東洋太平洋スーパーフェザー級タイトルマッチ(試合は、伊藤が技術の差を見せつけて完勝)、その前の試合では、元日本スーパーフライ級チャンピオン・戸部洋平の復帰戦など、メイン以外の試合もかなりレベルが高いカードが並んでいた。
しかし、内藤vs尾川の醸し出す緊張感は、それらの記憶を忘れさせてしまうほど、段違いのものだった。
今後、尾川は、帝拳のバックアップもあり、世界チャンピオンへの道を、さらに一歩一歩、歩んでいくことになるだろう。5R以降も続いていたら、内藤のスピードと技術に対し、どこまで攻略できたか見たかったところではあるが、とにかく、その飛び込みのスピードと、右ストレートの伸びには驚かされた。また、後日、中継を見たところ、頭を小刻みに振ることで相手にパンチを打ちにくくさせるといった技術も持っており、ただの猪突猛進型のファイターというわけではない。
一方の内藤。世界を見据えたなかで、決して「小さい」とは言えない一敗ではあるが、ボクサーとしての魅力は十分に見せた試合となった。
そして、2015年の、伊藤雅雪、荒川仁人、尾川堅一という対戦相手は、歴代の日本チャンピオンのなかでも、最もチャレンジをした対戦相手たちだったと言えるのではないか。
ただ、この試合では、上体の動きでよけようとしたところで、1R最後、致命的な一発をもらってしまった。今後、世界を狙う上では、尾川よりさらに詰めが厳しいボクサーもいるだろう。荒川戦でも一瞬危ない場面があっただけに、防御センスに定評あるとはいえ、さらにより隙の無いディフェンスを身につけていく必要があるかもしれない。
一方、課題とされる攻撃の力強さだが、この日放った左は、意外と力強さを感じた。パンチの角度を変える器用さも持つ選手だけに、「相手によりダメージを与えるパンチ」という部分において、まだ伸びしろはあるかもしれない。
とにかく、見終わってから2週間あまり、ずっと興奮が冷めやらなかった一戦。
こんなに素晴らしい試合が、結果を知らずに見た人が、おそらくこの日会場にいた人だけ。テレビ中継も、関東以外のボクシングファンはほぼ見られないというのが何とも口惜しい(この状況は、本当に改善すべきだと思う)が、これほどの素晴らしい試合を目撃できたことを、両選手に感謝したい。
負傷判定という形で終わったこの試合。
尾川は、勝者インタビューで、「こういう結果になったので、また再戦したい」と語った。
次に拳を合わせるのは、ぜひ世界の舞台で。






























