「監督責任論」に逃げることなかれ
2015年 09月 17日
(先週土曜は、西武ドームで、スコア9-8のルーズベルト+1ゲーム(ほぼ5時間ゲーム)を見てきましたが…(^^))
今日も、用事があったため、横浜の中継を見ることはできなかったのですが、ビロウが四球連発で完敗だったとのこと。
今日の試合を終えて、残り12試合で、借金16という状況。
ネットニュースを見ていると、最近、中畑監督の去就のニュースがちらほら取り上げられていますが、個人的な意見として、「チームの敗戦の原因を、監督の采配にのみ求める」議論は、もううんざりという思いがあります。
録画している『プロ野球ニュース』が溜まりまくっているので、シーズンの細かな寸評は、また時間ができたときに書こうと思いますが、「敗戦が続き、監督が毎日『申し訳ない』と謝り続け、それにファンが罵声を浴びせて、それで果たして何が生まれるの?」という気持ち。
正直、野球の要素のなかで、監督の采配というのは、ファンからも一番見えやすいし、意見を言いやすい部分なので、どうしても、そこへの批判が集中しやすくなる。
ただ、ここまでの横浜DeNAの現状、例えば先発ひとつとってみても、一番勝っているのが久保の8勝。その次が三浦と三嶋の5勝、という非常に低いレベル。
「前半戦、首位だったのに…」というレトリックを持ち出すスポーツ新聞記事もありますが、やはり「実力が不足しているからこの位置にいる」と考えるのが自然ではないかと。
もっというと、「143試合を戦う実力」の不足というところでしょうか。
チャンスで、相手バッテリーの球種を読みながら、一番得点の確率が高いバッティングをする「読み」の力。
打てないボールをファールで逃げる「技術」。
甘いボールを確実にヒットゾーンに飛ばすことのできる「技術」。
ピッチャーであれば、自分の意図したボールをどれだけの確率で投げられているか、という「技術」。
やはり、プロ野球選手としての「技術」不足、あるいは「考えてプレーする力」の低さ、といった部分にスポットを当てず、監督の采配・起用といった、誰でもすぐに突っ込める議論に「逃げる」(あえて「逃げる」という表現を使いますが)ことは、チームが勝てない部分の本質を見誤ることになると思います。
今年は、春先に「横浜・大洋・DeNA 32年史」という形で、今までのシーズンを振り返っただけに、余計にそう感じるところ。
また、もしファンが「厳しさ」を見せることが必要なのであれば、それは「監督や選手に罵声を浴びせる」といった「厳しさ」ではなく、「ちょっと活躍したぐらいでは認めない『厳しさ』」(「応援しない」という意味ではありません)という形ではないかとも(心底、優勝を争うチームになってほしいと思うのであれば)。
もちろん、現在の横浜DeNAの抱えている問題として、「選手の実力」とは別に、主力選手としての優勝経験を持つ選手の不在、センターラインの主力選手が不定というチームバランスの悪さ、といった部分はあります。
それでも、ファンの鬱憤と、スポーツ新聞の別にのちのち責任を持つわけでもない煽り記事に左右された議論によって、毎度繰り返される監督去就の方ばかりに話が行って、チームに本当に足りないものの変革が先送りになるのは、非常に嫌ですね。



























