あの熱狂は一体なんだったのか……
2015年 05月 28日
もともと、そんなにゲームはやらないのだが、「全日本プロレス」(しかも、『ゲームセンターCX』でやるとなると、かなり昔の全日)の文字に惹かれ、録画して見た。
1993年発売のゲームということなので、今からもう20年前。
三沢、川田、小橋、ハンセン、ゴディ、ウィリアムス。
このときは、まだ存命だった馬場、鶴田の名前も。
さらに、スパイビー、パトリオットというラインアップが懐かしい…。
そこまでプロレスに詳しくない有野が、最初に選んだのがパトリオットというのがちょっと面白かった(最終的には小橋を選択)が、菊地、小川、さらにはラッシャー木村といった脇役も含め、画面上はボタン連打でただゲームをやってるだけなのだが(^^)、何か感慨深かった。
この頃というと、まさに「四天王プロレス」と呼ばれた時代。
トップレスラーがやる試合は、ほぼ100%、壮絶な試合。しかも「これは、絶対3カウントだろう」といった技のエンドレスの応酬…。
当時、学生~新社会人だった自分にとって、それは文句無しに面白いものだった。
アナウンサーが「死んでしまう~!」と絶叫する(福沢アナだったか、若林アナだったかは忘れてしまったが)ほどの危険な技が、これでもかこれでもかと繰り返され、見終わったあとは、ほぼ100%「満足感が残る」プロレスを見続けられたというのは、今思えば「奇跡の光景」をずっと間のあたりにしていたのかもしれない。
(補足をするならば、そうした大技の応酬の一方で、「試合序盤は関節技などで相手を弱らせていく」という流れもありはしたのだが)
2009年、その一番の旗手であった三沢光晴が、リング上で亡くなった。
自分が子どもの頃見ていたプロレスラーは、年齢を重ねても、結構第一線でプロレスを続けていた印象があったのだが、川田、小橋、田上とも、いずれも既にリングには上がっていない。
(また、リング上の事故ということではないが、ゴディも、ウィリアムスも、またオブライトも、若くして亡くなった)
NOAHになってからもその戦いは見続けていたが、ここ数年はNOAHから選手が随分いなくなったこともあって、ほとんど見ることはなくなった。
おそらく、今、あの当時の全日本プロレス(とNOAHの初期)を見ても、その壮絶さは、かなりインパクトがあると思う。
ただ……。
「あれだけ凄いプロレスをやって、その後、残ったものは何だったのか?」
すっかりプロレスを見なくなった現状(たまに、ふとテレビをつけた時にやっているドラゴンゲートの中継を見ることはあるが)、答えの出ない問いをつきつけられたような思いもある。
そんななか、この前Twitterのタイムラインを見ていたら、「この人の書くものだったら見たい」と思わせてくれるスポーツライターの一人、長谷川晶一氏(最近は「12球団のファンクラブに入る」企画で脚光を浴びている。一昨年は、高3の夏に、不祥事による大会出場辞退に追い込まれた、岩本勉とその同級生にスポットを当てた本も出していた)が、『2009年6月13日からの三沢光晴』という本を出すとのこと(6月中旬刊)。
そこに答えがあるのかはわからないが、ただ「あの時代は凄かった…」というだけの思い出にするにしては、あまりに強烈な記憶。
思いを馳せる時間があれば、またこの本を読んだ後ででも、あのとき、リング上で繰り広げられた幾多の戦いの意味を考えてみようと思う。
(※6年前に書いた、プロレス記事)



























