ファンの力で亀田陣営を追放することはできないのか
2014年 05月 22日
現在、JBCにより国内での活動を停止されている亀田ジムが、元協栄ジムのマネージャー・トレーナーの大竹重幸氏を新会長に迎え入れ、国内での活動の再開を画策しているとのこと。
もともと大竹氏は、亀田陣営が協栄ジムにいた際に接点があったこともあり、これだけでは驚くことではないかもしれないが、問題は、これをバックアップしているのが帝拳プロモーションの本田会長だということ。
今年の3月に、自身のジムのボクサーである河野公平が世界チャンピオンに返り咲いた際、ワタナベジム・渡辺会長が、亀田ジムが事実上国内での活動が認められていないにもかかわらず、亀田興毅との対戦に向けて動きたいという意向を明確にしたときもがっかりしたが、「失望」という言葉しかない。
それぞれ、自身のジムで本当のチャンピオンたるチャンピオンを抱えている(山中慎介、内山高志。過去に目を移せば西岡利晃らも含め)にもかかわらず、どうして、いかさまボクサーを再びリングに挙げる手助けをするのか、どうにも理解できない。
一昨年の大みそかに河野公平が挑戦者として臨んだ世界戦では、河野本人が、試合を行うに際し2000万円ぐらいかかった(自身のファイトマネーは100万円もなかったのではとも言っている)とコメントしているように、世界戦の挙行、またジムの運営には相当な金額がかかるというのは事実であろう。
ただ、過去に数限りないほど「負けを勝ち」にすり替えた世界戦を行い、その他にも、グローブへの異物混入疑惑、JBC職員への恫喝疑惑など、「自分の拳で道を切り開く」というボクサーとして最低限かつ最も大切なものを守れないボクサーは、もはやボクサーではないし、リングに上がる資格自体がない(本来であれば、海外のリングであろうと、リングに上がる資格はないと思う)。
そうしたボクサーがリングに上がることをどうして許せるのか。自身のジムに、リング禍で亡くなったボクサーもいて、さらに、何度も世界に挑戦するも夢破れたボクサーもいるにもかかわらず、どうして亀田(具体的には亀田興毅)にチャンスを与えようと思うのか。
もはや、試合内容にかかわらず、最後まで立っていれば勝ち。またグローブに違反物を混入している可能性も十分にあり。しかも、自身が負ける可能性の高い試合は絶対に組もうとはせず、もし組んだとしても、言いがかり的なものも含めて試合前に相当汚い手を使うことも予想される人間を、どうしてボクサーとして認めようと思うのか、本当に理解ができない。
もし、今回、亀田ジムのJBC復帰が認められることになったら、大袈裟でなく、それは“日本ボクシングの死”だと思う。
本田会長、渡辺会長が復帰を認めるという状況を見ると、ボクシング界内部には、残念ながら自浄能力はない。
マスコミも、その後のクレームや、場合によっては訴訟の面倒くささを考えると、亀田問題については、ほとんどの媒体がノータッチという姿勢のようである。
この問題について書いていた数少ない媒体「THE PAGE」に寄稿している本郷陽一氏も、最近は、明からさまな批判は避けているように感じる(個人的には、なんらかの圧力の存在を感じるが)。
業界本体がダメ、マスコミの追及も期待できないようだと、残るはファンがなんとかするしかないか。
ただ、実効性を持ったことをどれだけできるかというのは、難しい問題でもある。
いずれにしても、何度もこのブログで書いたことだが、文字通り「命を懸けて」やっているスポーツで、亀田陣営みたいなことが許されていいわけがない。「もし、今回復帰が認められるようなことになったら、正直、そんなバカバカしいスポーツなんか見てられるか」という思いが強くなってきている。
ボクシングをあまり見ない人が、日本人ボクサーが負けた世界戦を見て、こんなことを言っていた。
「ボクシングって本当に真面目にやることもあるんだ。亀田の試合を見て、ボクシングってインチキだと思ってたから、びっくりした」
この言葉を聞いたら、本田会長、渡辺会長はどう思うだろうか。
それぐらいボクシングは、亀田によって貶められているということを。



























