「チャンピオン詐欺」亀田陣営を、ボクシング界から追放する必要性
2013年 12月 23日
山中慎介が、11月に今年3度目となる防衛戦に勝利。
12月6日には、井上尚弥が東洋太平洋タイトルマッチに完勝。プロ2戦目を迎えた村田諒太は途中苦しみながらも2試合連続TKO勝利。八重樫東も、ランキング1位のエドガル・ソーサをスピードで圧倒し2度目の防衛(アンダーカードでは、岩佐亮佑が椎野大輝とのサバイバルマッチに完勝)。
さらに大晦日には、内山高志が金子大樹との8度目の防衛戦を控える(同日は、同階級の三浦隆司も防衛戦)こともあり、日本のチャンピオン・実力ボクサーたちについて触れようと思っていましたが…。
先日の亀田大毅の「負けても王座防衛」問題。加えて11月に行われた「もう何度目だろう」という亀田興毅の「負けが勝ち」になった世界戦。さらに9月の大毅の試合での、JBCへ時間通達をしないで行った“ごまかし計量”、またグローブをめぐっての亀田陣営によるJBC職員への恫喝騒動などなど。
もともと、亀田陣営の汚い策に策を重ねてのチャンピオン獲得・防衛ということ自体は前々からわかっていることで、ある時期からは「あればボクシングではないので、無視すればいいや」と思っていました。
しかし、ここまで来ると、もはや「ボクシングというものを壊しかねない」状況。
さらに先日の報道では、亀田史郎氏が、アマチュアの育成に乗り出し、東京オリンピックの金メダリスト育成を目指しているという話も。
冗談でなく、もはやこの陣営をボクシング界から追放しないと、本当に「日本のボクシングはボクシングではなくなってしまう」という危機感を感じます。
ただし、感情的に書くだけでは意味があるとは思えないので、振り返りたくはないですが、一応これまでの亀田陣営の問題点をなぞっていこうと思います。
最も問題点が多いのは、三兄弟のなかでも一番キャリアが長い、また明らかに力が落ちているのに、あらゆる抜け道を使って延命している亀田興毅ということになるでしょう。
1戦目から8戦目までの相手はすべてタイの選手。このすべてでKO勝利を飾っていますが、6戦目までの相手の戦績は、
1戦目 0勝1敗
2戦目 0勝4敗
3戦目 0勝5敗
4戦目 0勝5敗
5戦目 戦績不明
6戦目 0勝4敗
というものです(5戦目の相手は戦績不明ですが、それ以外はすべて未勝利の相手)。
6戦目が終わった後の2005年4月には、グリーンツダジムから協栄ジムに移籍。そして2戦目(2004年3月)からはTBSが放映権を持つことになります(東京でのデビューは2005年2月の6戦目から)。
そこからTBSと亀田陣営、協栄ジムが二人三脚で「亀田」の名を世間に広めていく様子については、詳しく書いているブログ記事があります。
視聴率低迷を打破しようとするテレビ局と、ボクシングによる一獲千金をもくろむ家族が、「負ける可能性が限りなく少ない相手を選び、KO勝利を積み重ね、『亀田は強い』というイメージを世間に植え付ける」方策、そしてそこにジムの思惑も入り込み、「ボクサー亀田」という存在が肥大化していく過程は生々しいものがあります。
その後、7戦目では勝利経験のあるボクサーと対戦し、1RKOで勝利した亀田興毅ですが、このときの相手も3年ぶりに復帰したものの、ここまで2連敗しているというボクサー。
それでも、この時点ですでに戦績“詐欺”と言ってもいいキャリアを作ったことで、8戦目のシンワンチャー戦には「7勝7勝6KO」という“立派な”成績で臨みました。
初めての日中時間帯の放映(日曜16時からの放送)となったこの試合は、スポーツ新聞などでもトピックとして取り上げられ始めて名前が知られるようになってきたこと、そして戦績の実情を知らない視聴者に対する「亀田興毅は強い」という刷り込みもあり、夕方の放送にもかかわらず視聴率10%を超えます。
試合は東洋太平洋フライ級タイトルマッチとして行われ、興毅が3R TKOで勝利しますが、防衛戦は行わずに王座返上。
続く9戦目は、2階級下の元王者ノエル・アランブレットと対戦し、7R TKO勝利。元々、階級が下のボクサーとはいえ、元世界王者を倒したことで、この頃は、ボクシングファンのなかでもその実力を認め始めた人もいたのではないかと思います(この試合自体が、本当にガチンコで行われたかどうかはわかりませんが)。
戦績においても、着実に“箔”をつけていった亀田興毅は、アランブレット戦後、2試合を消化。3月→5月という短いスパンで行われたこの2戦から、放映時間もゴールデンタイムに移行。それぞれ24.8%、33.0%と、世界王者でないボクサーとしては破格の視聴率を記録します。
今では考えられませんが、当時はボクシング界の“ニューヒーロー”という扱い、また比べること自体、本当は論外ではありますが、“ビッグマウス”というキャラクターもあって、それ以前のボクシング界の“ヒーロー”辰吉の影を感じる人もいたかもしれません。
そしていよいよ、ファンもアンチも含めて注目した、初の世界戦(WBAライトフライ級タイトルマッチ。対ランダエタ)を迎えます。
結果は多くの人が知っているとおり、「明らかに負けていたのに勝ち」。
自分は仕事のため、リアルタイムで見ることはできませんでした。
しかし、当時働いていた職場が新聞社ということもあり、他の場所で試合を見ていた人が試合後にやってきて「あんなの、八百長だよ!」と吐き捨てるのを聞きました。そのとき、「もはや、どんなことがあっても、ジム・陣営・テレビ局にとって負けさせられない選手になってしまった」ことを悟りました(その後、家に帰って、録画を見て、実際に起こったことを確認しました)。
ただ、ランダエタ戦から7年経った2013年もまだ「その“詐欺”状態が続いている」、さらには「より、その内容が狡猾になっている」とはさすがに想像できませんでした。
その後の、世界戦における“詐欺”の歴史については、下記に記述します。
(選手名の横の順位は当時のランキング)
2006.8 ●→○ 対 ファン・ランダエタ(1位) 〔王座決定戦〕
(前述のとおりポイント劣勢かと思われたが、2-1で判定勝ち)
2006.12 ○ 対 ファン・ランダエタ
(ランダエタとの再戦。1戦目とは違い3-0で勝利したが、再戦ということで、ランダエタ陣営と事前の手打ちはなかったか?)
2007.1 防衛1度で王座返上
2009.11 ○? 対 内藤大助(王者)
(WBC世界フライ級タイトルマッチ。3-0で勝利するも、試合後の内藤の顔の異常な腫れもあり、週刊ポストにて「バンテージへの異物混入」疑惑が指摘される。また、TBSが試合途中の公開採点を発表しないようリングアナに依頼(ただし、リングアナはこれを拒否し、通常の世界戦同様、採点を読み上げた))
2010.3 ● 対 ポンサクレック・ウォンジョンカム(暫定王者)
(0-2の判定負けで一度も防衛することなく王座陥落。ただし、明らかな劣勢にもかかわらずドローとつけたジャッジが一人いたところに、亀田戦判定の異常さが垣間見られる。また、試合後、父・史郎が、判定を不服としてJBC(日本ボクシングコミッション)関係者を控室に軟禁し恫喝。これによりJBCはセコンドライセンス取り消し・JBCの管轄区域への立ち入り禁止処分に)
2010.12 ○ 対 アレクサンデル・ムニョス(5位) 〔WBA世界バンタム級王座決定戦〕
(引退状態だった1階級下の元王者をムニョスを引っ張り出し(WBAへランキング操作の働きかけがあった?)、判定で勝利し王座獲得。ただし、同階級にはスーパー王者としてアンセルモ・モレノがいるため、実質的には同階級のチャンピオンとは言えない)
2011.5 ○ 対 ダニエル・ディアス(14位)
(11R TKO勝利。相手選手は、長谷川穂積に4R KOで負けたアルバロ・ペレスに大差判定負けを喫した選手)
2011.8 ○ 対 デビッド・デラモラ(8位)
(1~3ポイントの僅差ながら3-0の判定で辛勝。その後、デラモラはスーパー王者モレノに9回 TKO負け → 日本王者 岩佐亮佑にフルマーク判定負け → 2013年に入り、12勝13敗、4勝4敗の相手にともにKO負け)
2011.12 ○ 対 マリオ・マシアス(12位)
(4R KO勝ち。なお、興毅戦後のマシアスの成績は2勝4敗(うち3つがKO負け))
2012.4 ●→○ 対 ノルディ・マナカネ(12位)
(興毅の負けと見た人が圧倒的に多いなか、3-0の判定で勝利。なかには8ポイント興毅につけたジャッジもいた。なお、マナカネはその後、日本ランカーの菊地永太に判定負け。さらに、キックでの実績があるとはいえ、デビュー戦であった久保賢司にも判定負け)
2012.5 WBAに左手骨折などの診断書を提出、休養王者と認定される
(暫定王者ウーゴ・ルイスとの対戦回避のためとの見方も。ゴルフをしていたとの情報も「本当に骨折していたのか」と疑念を深めることに)
2012.12 ●→○ 対 ウーゴ・ルイス(暫定王者)
(バンタム級の世界戦6戦目にしてようやく、初のランキング上位者との対戦。ポイントは劣勢と思われたが、2-1で勝利。見ている側も「KO負けで無い限り、亀田が勝つ」と思って見ている状況は、もはや異常)
2013.4 ●→○ 対 パノムンルレック・カイヤンハーダオジム(11位)
(もう見慣れた「負けても勝ち」の光景。試合内容と結果のあまりの齟齬に、試合後には土下座も。これで数字上は6度目の防衛となり、小林弘・輪島功一・渡辺二郎・川島郭志と並ぶことに(可能ならば、亀田興毅の記録は抹消してほしいが))
2013.7 ○ 対 ジョン・マーク・アポリナリオ(3位)
(12R判定勝ち。アポリナリオはランキング3位ではあったが、17勝(2敗3分け)のうち、KO勝ちはわずか4つという選手)
2013.8 WBAからスーパー王者モレノとの対戦指令発令
2013.10 亀田陣営が「モレノとの対戦を前に、選択試合を挟みたい」と要望し、モレノ側が了解。韓国での孫正五との対戦が発表される
2013.11 ●→○ 対 孫正五(14位)
(後半は劣勢で今度こそ負けかと思われるも、2-1で判定勝ち。採点は特に事前公表がなかったにもかかわらず、なぜか0.5ポイント制。採点に時間がかかりテレビ放映時間内に収まらず、後番組のニュースにて「判定勝利」が報じられる事態に。なお、孫は1年間試合から遠ざかっていたボクサー)
2013.12 亀田陣営、モレノとの統一戦入札期日を前に王座返上
(名目上は「1階級下のスーパー・フライ級での王座獲得を狙っての返上」と発表。文字通り“逃犬”に。いや、犬にすら失礼かもしれない)
以上、「チャンピオン詐欺」の歴史を振り返ってみました。
スポーツメディアやボクシング関係者のブログ・コメントでは、亀田陣営に厳しい見方をしているものであっても、多少やわらかい表現を使っていることが多いですが、改めて書き出してみると、本当に酷い。
1度目の王者は、ジャッジを取り込んでの判定による獲得。
2度目は、いまだ拭えない「バンテージへの異物混入」疑惑があるなかでの勝利。
3度目は、挑戦者を形だけでっちあげての王座獲得。
バンタム級での8度の防衛も、うち5戦はランキング11位以下の選手で、さらに直近5試合は、4試合が実質負け試合。
他にも、グローブのサイズ疑惑、試合での反則行為疑惑などもありますが、それらもひっくるめると、もはやボクシングが“詐欺”の手段として使われているとしか見えません。
なお、興毅ほどではないものの、亀田大毅、亀田和毅も、表に出ているだけでも、下記のような試合をめぐるトラブルなどがあります。
〔亀田大毅〕
2006.2~12
1年間で7試合を戦い、すべてKO勝ち。しかし、うち4戦はキャリア未勝利の外国人選手。
2007.10 ● 対 内藤大助(王者)
(10戦10勝7KOの戦績をひっさげ、内藤大助の持つWBC世界フライ級タイトルに挑戦するも、一方的な展開となり、その結果、内藤を投げ飛ばすなど、もはやボクシングとは言えないラフファイトを展開。世間の猛烈なバッシングを受ける。1年間のライセンス停止処分に)
※亀田バッシングが一気に吹き荒れた試合。ただ、この試合で受けた傷は、大毅自身に反省点として残っているのではと思います。問題は、この試合で「肘でもいいから目ぇ行けよ」などとアドバイスをした亀田史郎(この試合でセコンドライセンス無期限停止)が、海外での試合では、いまだセコンドについていることでしょう。
2009.10 ● 対 デンカオセーン・カオウィチット(王者)
(キャリア2度目となる世界挑戦(WBA世界フライ級)も、0-2で判定負け)
2010.2 ○ 対 デンカオセーン・カオウィチット(王者)
(前回と同じ相手への再戦。今度は3-0の判定勝利で、初の世界王者に)
2010.9 ○ 対 坂田健史(5位)
(20戦目で2度目の日本人との対決。拮抗した試合だったが、3-0の判定で勝利。ただし、大毅の8ポイント優勢とつけたジャッジには疑念も)
2010.12 ○ 対 シルビオ・オルティアーヌ(14位)
(2度目の防衛戦。2-1の判定で勝利。大毅4ポイント優勢、オルティアーヌ8ポイント優勢と、ジャッジによって大きく見方が分かれることに)
2011.1 減量苦を理由に、WBA世界フライ級王座を返上。1階級上のスーパー・フライ級王者を狙うことに。
2011.8 (清水智信が、WBA世界スーパー・フライ級王者ウーゴ・カサレスに判定勝ちし、王座獲得)
2011.11 WBAが、清水の右眼窩底骨折を理由に、清水を「休養王者」に、暫定王者のテーパリット・ゴーキャットジムを「正規王者」にすると通達
(のちに発表されるテーパリットと亀田大毅との試合を「正規王者をかけた戦い」としたいがために、亀田陣営と関係が深いWBAが行った措置という見方が大勢。戦わずして半分王座を強奪されたとも取れる事態に、清水は「休養王者とは何なのか。こんなのがまかり通って、ボクはボクシングを頑張ってきて、ムダにされた気持ち」とコメント)
2011.12 ● 対 テーパリット・ゴーキャットジム(実質、暫定王者)
(前述のWBAの措置により、事情を知らないファンには「正規王者をかけた戦い」と映ったであろう試合だったが、テーパリットの3-0の判定勝利に終わる)
2012.4 (清水とテーパリットが対戦。清水が9R TKOで敗れる。清水はその後、2012年9月に現役引退を表明)
2013.9 ○ 対 ロドリゴ・ゲレロ(4位)〔王座決定戦〕
(前王者のファン・カルロス・サンチェス・ジュニアが計量オーバーで王座剥奪となったIBF世界スーパー・フライ級王座をかけた試合)
・IBFルールでは、前日計量に加え当日計量も行われるが、亀田陣営が当日計量の時間を当初の予定より2時間早く変更したにもかかわらず、JBCに通達せず。結果、JBCは規定通りの体重に収まっているかチェックできないという、亀田陣営による“ごまかし計量”が行われる。
・使用するグローブに関して、ゲレロがカナダ製を使用したいと申し出たのに対し、亀田陣営が猛反発。もともと契約上は自由選択が明記されていた模様だが、これを不服とした亀田陣営は、JBC関係者を恫喝したとの報道(和毅、興毅がこれに関わっていたとされる)。
・試合自体は2-1で大毅が勝利し、2階級目となる王座獲得。大毅の二度の反則による減点もあり、いずれにせよ僅差の内容と思われたが、減点を差し引くと、二者が大毅の10ポイント優勢、8ポイント優勢とつけており、ジャッジの正当性には疑問が残る。
2013.12 ● 対 リボリオ・ソリス(WBAスーパー・フライ級王者)
(団体王者同士の戦いと銘打って行われた試合)
・前日計量にて、ソリスが1.4kgをオーバー。その後の計量でも1kgをオーバーし、制限時間を待たずして、ソリスが計量を放棄。計量失格により、王座剥奪に。
(体重に敏感であるボクサーが前日に1.4kgもオーバーするという事態は、正直、疑問。3月に河野公平から王座を奪った試合も含め、これまでのキャリアで体重超過があったという話も確認できない。ソリス本人の意思かどうかは別として、事前にこのシナリオが仕組まれていた疑念は拭えない)
・ソリスの王座剥奪を受け、大毅が勝利した場合は統一王者、ソリスが勝利した場合はWBA・IBFとも王座は空位となることが、亀田陣営、また放映するTBSからも発せられていた。IBFの立会人も同様の発言をしており、JBCの認識も「大毅が敗れれば、両王者とも空位」というものだった。しかし大毅の敗戦後、IBFが「大毅は王座を保持したまま」と前言を撤回。亀田陣営も「負けても王座を失わない旨をIBFから事前に聞いていた」と主張。試合前にスタッフブログに掲載されていた「負けたら空位」との記事内コメントも、証拠隠滅のためか、削除。
〔亀田和毅〕
2008.11 メキシコにてプロデビュー
2009.5 日本人選手と初対決
(これまで29戦するも、日本人との対決はこの1試合のみ)
2010~2012 外国人選手相手にキャリアを積むが、日本タイトル・東洋太平洋タイトルには挑戦せず
2012.7 WBCスーパーフライ級世界王者・佐藤洋太との対戦交渉をするも、亀田陣営がメキシコ開催を主張したこともあり、交渉決裂
(普通の感覚だと、なぜ日本開催を拒んだのかは謎。自身のコネクションがあるメキシコにてジャッジ含め有利に持っていこうと目論んだと思われる)
2013.3 ○ 対 ノルディ・マナカネ
(興毅が苦戦した選手を、6回KO勝ちで下す)
2013.4 JBCがIBF、WBOへの加盟を発表。同時に、王者の権威低下を防ぐため、日本国内で世界王座に挑戦する場合は、指名試合を除き、元世界王者・日本タイトル獲得経験者・東洋太平洋タイトル獲得経験者に限定する内規を設定。
(和毅は、この内規を満たしていなかったため、事実上、国内での世界挑戦はできず)
2013.8 ○ 対 パウルス・アムブンダ(王者)
(国内での世界挑戦が不可能であるため、フィリピン・セブ州にて、初の世界挑戦。タッチボクシングとも言える内容だったが、スピードでは圧倒し、3-0で判定勝ち。日本人初となるWBO世界王者に)
2013.9 兄・大毅の世界戦(前述)にて、JBC職員への恫喝があったと報道される
2013.12 ○ 対 イマヌエル・ナイジェラ(6位)
(初の防衛戦。3-0の判定で勝利)
全体的な印象として、亀田大毅に関しては、内藤戦での暴挙は除くとして、本人というより、陣営による不祥事・不手際が目立つという印象(4度の敗戦も喫している)。
和毅は、アムブンダ戦で見せたスピードなど、光る要素はあるものの、“タッチボクシング”と揶揄されるように、12R、時間をとってでも見るボクシングではないというのが正直な感想。また、恫喝騒ぎ含め、チャンピオンとしての資質には疑問もあります。
以上、1回で書くには多すぎる、これまでの亀田陣営のボクシングへの“冒涜”を書いてきました。
今後、さらに亀田陣営の横暴を許すことになれば、下記のような事態も想定されます。
・形としては後世に残る、亀田興毅の「4階級制覇」
・亀田陣営による、各ボクシング団体王者・ランカー決定への影響の継続
・あらゆる手を使っての、日本人防衛新記録達成
・亀田史郎による、アマチュアボクシング界への浸食
・ボクシングへの一般イメージの悪化
・ボクシングを“目指す”人の減少
今回の、亀田大毅の王座保持問題では、JBCが、亀田陣営のスタッフを聴取。吉井慎次会長、嶋聡マネージャー、亀田プロモーション代表の亀田興毅の代理人である北村晴男弁護士から事実確認をしたとのことですが、会長である亀田興毅、試合を行った亀田大毅は出席せず。
JBCが、近く「資格審査委員会(JBCが発行している各種ライセンスの得喪を審議する委員会。厳重注意、戒告、罰金などの処分を審議する場)」という話もありますが、亀田陣営の“横暴”を阻止できるかどうかは、まだわかりません。
ボクシングファンの間では、これまでのJBCの対応の甘さを指摘する声もありますが、とにもかくにも、もはやそうした“責任論”を言っているだけでは意味はないでしょう。いくら亀田家に対し「3買級」「コント」と揶揄したところで、その横暴の抑止にはなっていないことが、この数年間でハッキリとしています。
さらに言えば、スポーツメディア、またボクシング関係者の追及も甘い。
スポーツメディアで、亀田陣営を表だって批判しているのは、「拳論」などで記事を執筆している片岡亮氏、また「論スポ、アスリートジャーナル」名義で活動し、「THE PAGE」などに寄稿している本郷陽一氏(八重樫東の本の構成などにも携わっている)など、ごくわずか。6年前の内藤-大毅戦のときには、あれだけ批判していた大手マスコミも、その後は、亀田陣営に対し、かなり“緩い”印象があります。
ボクシング関係者も、今回の件でメディアに載ったものとしては、長谷川穂積がブログに書いた「負けてもチャンピオンのままっていうのは、それなら戦う必要ないし、そもそも勝ち負けないならスポーツでもなんでもなくなってるんじゃないかと思う。日本ボクシングコミッションよ、正しき道に導いてくれ」というコメントのみ(なお、長谷川穂積は、その次に投稿した記事では「思いの外メディアが自分のブログを使って勝手に記事にしてるけど、選手自体には非もないし関係のない話で、一番強い奴がチャンピオンていうボクシングの本質と、昨日今日でルールが二転三転することに問題があると思うだけ」と書いている)。
スポーツメディアしかり、ボクシング関係者しかり、これだけ亀田陣営がいろいろな問題を起こしても、ほぼ“沈黙”しているといってもいい状況には、「何かを言いづらい」雰囲気・背景があるのかと勘繰りたくもなります(実際、少なからずあるのでしょう)。
できるなら、これだけ世界王者の“権威”を汚されているわけで、世界王者の連名で、亀田陣営のボクシングからの“追放”宣言といったものを出してほしい思いもあります。
メディアも、事実の後追いや、記事になりそうなコメントを拾ってくるだけで、“何か”を怖れて自身の考えは表明しないというのは、本来のメディアの役割を果たしているとは到底言えない。
いずれにしても、この先も、ボクシングを亀田陣営の“詐欺の手段”にされたままでいいのか。
ボクシングファン、関係者、メディア含め、ボクシングを今後も「素晴らしいもの」として残していきたいかの“本気度”が問われているように思います。
【2019.8.20 追記】
上記の記事を書いてから6年経ちますが、今でも、この記事のアクセスが上がっていたりすることがあります。
この記事以降も何回か亀田陣営に関する記事を書きましたが、基本的に「ボクシング」の記事を書きたいので、今後、亀田陣営に関する記事を書くことはないと思います。
上記では、主に”チャンピオン”ということを軸において記事を書きましたが、亀田陣営がボクシング界でしてきたことで特に許せなかったのは、下記の二つです。
一つは、明らかな”不当判定”を幾度となく繰り返したこと。
ボクサーにとって、”判定”は本当に重いものです。数か月の準備をし、ときに人生を懸けてその試合に臨むボクサーたち。
しかし、不当判定によって、全く不合理な理由にもかかわらず、その後のボクサー人生の道を塞がれてしまうことは、残念ながらあります。それこそ、ボクサー人生だけでなく、命まで失った選手もいます(90年代からのファンにとっては、グレート金山の記憶は、なんとも言えないものがあるでしょう)。
だからこそ、こうした”不当判定”は許されるべきものではなく、ある意味、この競技の”信頼性”を貶めている要素とも言えるでしょう。
にもかかわらず、そんな”不当判定”を平気で幾度も行う姿には、とてもボクシング、そして”ボクサー”への「敬意」は感じられませんでした。
もう一つは、リング内外で、暴力や恫喝によって、勝ちを奪おうとしたこと。
報道されたニュースの中には、実際の真偽がわからないものもありますが、明らかになっているこれまでの暴力・恫喝に対し、それに対する明確な謝罪は、亀田大毅氏の会見ぐらいでしょうか。
「リング内の戦いで勝負をつける」ボクシングという競技において、「いざとならば、暴力・恫喝を使っても」と感じられるその姿勢は、とてもボクシングをやる資格があるようには思えませんでした。
自分は、今後も「ボクシング」を見続けたいと思います。



























