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佐伯選手、引退。そのプロ野球人生を振り返る。

2月1日から始まったキャンプも、そろそろ、各球団、実戦形式の練習なども行い始めています。
そんななか、先日、佐伯貴弘選手が現役引退を表明したというニュースが報じられました。

 ☆  ☆  ☆  ☆  ☆

2010年に横浜ベイスターズを退団することになったのち、2011年は中日ドラゴンズでプレーし、優勝も経験。
その中日を戦力外となった2011年オフ以降も、現役復帰を目指し、1年間、トレーニングを続けてきたという佐伯選手。
そして、最後は自ら、自身の現役生活の幕引きを宣言しました。

佐伯選手を最初に知ったのは、1992年ドラフトの中継にて。
その年の横浜の1位指名は、小桧山投手(日本石油)。すでに大学時代(慶大)から有名だった小桧山投手はスポーツニュースでも大きく取り上げられていましたが、2位指名の大阪商業大学・佐伯選手の名前は、このとき初めて知りました。
その時の中継では、ギリギリ2位ぐらいまで放送時間内に入ったため見ることができたのですが、「左の強打者。長打力もあり」といった紹介をされていました。日本人の長距離打者がほぼ皆無だった当時の横浜(この年まで大洋)の状況もあって、「なんとかレギュラーに定着してほしいな」と思った記憶があります。

そんな淡い期待のなか、ルーキーイヤーの93年、早くも夏場頃から、徐々に一軍の試合にも出場。打率.198、2本塁打55試合出場)という成績でしたが、この2本というホームランの数に今後の可能性を感じました。
94年には、5月あたりからレフトのレギュラーに定着。規定打席には達しなかった(318打席)ものの、打率.258、11本塁打と、思いのほか早く横浜の主軸への階段をのぼっていっているように見えました。

95年は、246打席と少し後退しました(この年あたりから鈴木尚典選手が台頭)が、96年は、114試合出場、そして438打席とついに規定打席に到達。打率も.290(本塁打は6本)と、入団当初はあまり期待していなかった「率を残せる選手」としての存在感を見せ始めました。

97年は、ブラッグス選手に代わる外国人選手として入団したセルビー選手が結果を残せない割に起用された(最終成績 .228 5本)こともあり、303打席106試合)と、出場機会が減少。
98年も、開幕時はマラベ選手がスタメンとして起用されましたが、そのマラベが開幕時の絶好調からあっという間に急降下したために、それに代わる形でレギュラーに復帰。
この年、トレードで移籍してきた中根選手も絶好調(.301 4本)だったため、完全なレギュラーとまではいきませんでしたが、.289 9本塁打という成績。夏場には、あの印象的な槙原投手からの打ち直しホームランも放つなど、38年ぶりのセ・リーグ優勝、そして日本一に大きく貢献。

99年も好成績を維持し、キャリアハイとなる打率.30910本塁打)をマーク。中根選手も引き続き打撃好調だったため、わずかに規定打席には届きませんでした(401打席(規定打席まであと17))が、「安定して打率を残せる」力をつけてきたように思いました(ちなみに、この98~99年がマシンガン打線の最盛期)。

迎えた2000年は、ちょっとした変化が。駒田選手の二軍降格に伴い、これまでの外野手から一塁手として起用されることになり、その後のキャリアは、主にファーストとしての出場が多くなることに。この年、自身2度目の規定打席到達(486打席)。
2001年は、新外国人選手ズーバーが入団したため、開幕当初はライトにまわったものの、このズーバーの調子が上がらず、再びファーストへ。そして打撃の方は、自身初となる規定打席(555打席)での3割到達(.302、14本塁打)。

その後、2002年2003年は、ともに200打席台と、出場機会が減少。この間、ファースト、ライトのポジションを争ったのは、小川ロドリゲスウッズ多村といった面々。

迎えた2004年もレギュラーを保障された立場ではなく、開幕はベンチスタート。
このときの開幕シリーズのヤクルト戦、バックネット裏で観戦した時のこと。試合終盤、あまりいい場面とはいえないところで代打で出てきた佐伯選手が、ヤクルトの左の中継ぎ投手に空振り三振に打ち取られたのを見て、「まさか、このまま終わってしまってしまうなんてことはないよな」と思った記憶があります。
それぐらい「完全な主力になれそうでなれない」時期が長く続いた佐伯選手。
しかし、鈴木尚選手の不振もあり、開幕を2週間過ぎたあたりから、再びスタメンに名前を連ねるようになります。
再び出場機会を手に入れた34歳は、最終的に、511打席、そして.322(リーグ3位)、19本塁打という自身最高の成績を残すことに。
2005年は、牛島監督の打順固定路線(この年、なんとレギュラー野手8人全員が規定打席到達)もあって、全146試合、「四番・ファースト」で先発出場。打率.27219本塁打88打点という成績は、他球団の四番に比べると少し物足りない成績ではありましたが、チームは2001年以来4年ぶりのAクラスに入りました。

続く2006年も、外国人野手の補強が無かった(コックスウイットと2年連続で全く活躍せず)こともあり、当然のごとく「先発・四番」をシーズン通して張り続けるかと思ったのですが、成績が全く上がらず、6月についに四番を外れ、さらにスタメンからも外れます。最終的に86試合の出場にとどまり、打率.225は、一軍定着以降最も低い数字。

そろそろ世代交代の波も押し寄せるなか、2007年の開幕はベンチスタート(この年のファーストは吉村)。
しかし、二度目の就任となった大矢監督が、若手・ベテラン両方を起用していく策をとったこともあり、徐々にスタメンに名前を連ねるようになり、打撃の好調さもあって、その後はシーズン通してレギュラーに定着(主にライトを守る)。自身3度目の規定打席での3割到達(.302 16本塁打)を果たします。

続く2008年は、開幕時こそファーストのレギュラーとして出場した(この年から、吉村が再び外野に)ものの、その後、この年ブレイクする内川選手にファーストの座を奪われ、打席数は5年ぶりの200打席台に。
それでも翌2009年は、低打率を続けるジョンソン選手の代わりに、シーズン途中からファーストに入り再びスタメンを張ることに。打率は.25812本塁打)に終わりましたが、114試合に出場(打席数は402)。
この年は、史上101人目となる1500安打も達成しています。

何度となく「チームの主力」と「レギュラー落ち」双方を経験してきた佐伯選手ですが、2010年は、内川選手がファーストにコンバート、そしてスレッジ選手の加入、下園選手の台頭という要因もあり、一気に一軍入り自体が遠い状態となりました。
出場はわずか10試合、そしてヒットはわずか1本。二軍での.340という打率も一軍復帰を後押しする要因にはならず、ついに球団から戦力外通告を受けることに。
この時、「どうにかして、佐伯選手が現役を続けられないか」と願っていましたが、落合監督の中日が獲得の手を差し伸べます。

迎えた2011年、開幕からなかなか結果が出ないなか、それでも落合監督が一軍に置き続けるなか、スタメン出場した西武戦で、ついに4安打の大爆発。
それは、「技術」を含めた佐伯選手の力を落合監督が信頼し続け、それが結果となって現れるという、野球が持つ素晴らしさを体現した出来事のように思いました。

 ☆  ☆  ☆  ☆  ☆

ずいぶん長々と佐伯選手のプロ野球人生について書いてしまいました。当初はこんなに長く書くつもりはなかったのですが、自分が思っていたより、結構思い入れが強い選手だったのかもしれません。

途中、「主力になれそうでなれないといった」旨のことを書いたのですが、何度となく選手生活の岐路に立たされた(傍からはそういうふうに見えた)佐伯選手が、それでも幾度となく這い上がってきた理由の一つは、「技術」だったように思います。
その体格から一見豪快なイメージも持たれる選手ではありますが、左投げということで一塁、外野と守備位置も限定されるなか、20年にもわたる現役生活を支えたのは、そのバッティング技術のように感じました。
追い込まれても、また代打で登場してきても、あまり無様な空振りをすることはない、また簡単に打ち上げるようなこともしない。基本、セカンドの上、ライト方向に強い打球を飛ばす構えでありながら、外目の厳しいボールも、手打ちで流すのではなく、ショートの上、またはショートの左側を抜くような打球を打つ。
そうした風貌とは異なる粘り強い打撃が、6000打席以上バッターボックスに立ち、通算打率.277という数字につながっていたのではと思います。

引退表明のコメントでは、「結果に対しては後悔ばかりですが、結果を残すためにやってきたことには何一つ後悔はありません」という文言がありました。
最初は、ちょっと用意しすぎのコメントのようにも思いましたが、よくよく考えると「結果を残すためにやってきたことに何一つ後悔はない」というのは、そう簡単に言える言葉ではありません。

佐伯貴弘。
改めて振り返って、プロ野球の魅力を自分に教えてくれた選手でした。
by momiageyokohama | 2013-02-10 01:24 | 横浜ベイスターズ | Comments(0)

「読んだ方が野球をより好きになる記事」をという思いで、21年目に突入。横浜ファンですが、野球ファンの方ならどなたでも。時折、ボクシング等の記事も書きます。/お笑い・音楽関連の記事はこちら→http://agemomi2.exblog.jp/


by もみあげ魔神
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