ボクシングを潰すもの
2012年 06月 12日
6月9日(日本時間の10日)に行われたボクシングのWBO世界ウェルター級タイトルマッチ。
現在の世界ボクシング界で一番のスーパースターといってもいい王者・マニー・パッキャオ(フィリピン出身。フライ級からスーパー・ウェルター級まで6階級制覇(階級差で換算すると10階級制覇に相当〔kg換算だと、50.80~69.85kg〕)と、KO率は低いながら無敗の挑戦者、ティモシー・ブラッドリー(アメリカ)との一戦は、試合前の予想を覆し、ブラッドリーが判定勝利。
スコアは、パッキャオから見て、113-115、113-115、115-113で1対2。パッキャオは、2004年以来(当時はスーパー・フェザー級)、7年ぶりの敗戦となってしまいました。
しかし、ファン、プロモーター、現役のボクサーなど、試合を見たほぼすべての人が、どう見てもパッキャオに勝利をつけるべき試合だったという試合後の寸評。
現役最強王者に無敗の強豪が挑戦するという試合前の高揚感は霧消し、プロボクシングの「負」の部分を凝縮する結末となってしまいました。
なお、両者の間では、試合前からブラッドリーが勝利した場合のみ、再戦が行われる契約が締結されていた模様で、試合後、両ボクサーとも再戦に意欲的なコメントを残しています。
しかし、今回の件は「リマッチがあるから許される」類の問題ではないでしょう。
ただでさえ、主要団体が全部で4つ、さらにはそれぞれに複数のチャンピオンがいるという一般のファンには相当わかりづらい状況下において、「試合に勝ったはずのボクサーが、勝利のコールを受けられない。しかも、現在考えうる最高峰に近い舞台でそれが起こった」ということは、ボクシング界にとって大きな汚点といってもよいのではないでしょうか。
ブラッドリーが勝利した瞬間に、「これはりマッチありきの判定だな」と感じたボクシング通もいるかもしれませんが、それが「通の見方」というならば、そんなスポーツは寂しすぎます。
一方、先日このブログでも取り上げましたが、WBC世界スーパーバンタム級名誉チャンピオン・西岡利晃が対戦を熱望していたWBO同階級チャンピオンであるノニト・ドネアは、7月7日に、これまた同階級のIBFチャンピオンのジェフリー・マゼブラと対戦することが決定。
ドネアのコメントを見る限り、その次の試合で西岡と対戦するかも微妙で、名誉王者であるため防衛性の義務も無い西岡は、怪我でないにもかかわらず、1年近く試合のブランクを作っている状態です。
35歳という年齢、また本人がドネア戦に強い希望を持っているだけに試合が実現しないとなると、このまま引退という可能性も否定はできません。
そんな悲しいことになるなら、長谷川穂積と対決してほしいなんて思いも湧いてきてしまいますが…。
こうして見ていくと、改めて、現在の世界ボクシング界の「わかりにくさ」を強く感じます。
知らない人にどんなに簡単に説明しようと思っても、理解してもらうのに30分はかかるスポーツなんて、他を探してもあまりないかもしれません。
そのスポーツが人気を獲得するに際し、大きな壁となるのが「わかりにくさ」。
本来は「2人の人間が自分の拳のみ(正確には肉体全体ですが)で戦う」というシンプルなスポーツであるボクシングですが、それを統治する機構の乱立、判定基準の曖昧さ、そして政治的側面の肥大化によって、非常に「わかりにくい」スポーツになっているのが現状です。
それこそ、現在のボクシング界を知っていれば知っているほど夢見事に思ってしまうかもしれませんが、4団体が統一して、ランキング決定も明確なルールを決めたら、相当スッキリするだろうにと思います。
いずれにせよ、今回のようなことが頻発するのであれば、すべての団体で、試合途中での採点公開は必須にすべきではないでしょうか。
そんななか、来週6月20日(水)には、井岡一翔と八重樫東との、同階級世界王者対決が行われます。
今回は、同じく日本人王者対決となった薬師寺と辰吉もゲスト出演するようですが、とにかく、普段ボクシングを見ない人に「ボクシング」というスポーツが持つ素晴らしさを感じてもらえる試合(そして中継)を願うばかり。
「ボクシング」が壊れていく姿は、もうこれ以上見たくありません。



























