優勝決定、監督交代、横浜
2011年 10月 19日
横浜-中日戦は試合自体は見られず、速報でチェックしていましたが、「小林太のフランコ同点3ラン被弾」を知ったときは、「結局、シーズン最後まで、やっちゃいけないことをやったか…」という思いがよぎりました(例えば、絶対それだけはやってはいけない配球とか)。
しかし、後で「プロ野球ニュース」のダイジェストを見る限りでは、序盤から甘いコースにシュート回転(あるいはシュート)で入っているボールも多く、そういう意味では必然の被弾だったのかもしれません。
それにしても、ヤクルトファンの方には、ただただ申し訳ない気持ち。
優勝をかけた直接対決(厳密に言えば、それ以外にもう1試合ありますが)の機会を奪ったという意味でいえば、野球ファン全体に対しても、楽しみをなくしてしまった今日の引き分けだったと思います。
一方、中日ファンの方々。おめでとうございます。
なんと言っても、先日の対ヤクルト4連戦4連勝が大きかったと思いますが、その2週間前のヤクルト4連戦の3戦目、引き分け直前、林から谷繁がサヨナラタイムリーを打った試合も印象に残りました。投手陣では、地味ながら、小林正人、鈴木義広がほぼ完璧だったのも大きかったですね(それぞれ防御率0.90、1.11)。
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昨日の日刊とスポニチの一面は、「日本ハム、栗山監督」でした。
正直、実際に就任して1年間見てみないと、どういう結果になるか検討もつきませんが、「予測がまったくつかない」という意味で、興味を惹かれます(まだ、正式決定ではありませんが)。
その日本ハムを退任する梨田監督は、阪神の監督として名前が挙がることに。
こちらはまだまだどういう展開を見せるかわかりませんが、CS出場を逃したこともあり、今の阪神の状況は、強くなって以降、久々に迎えた岐路という印象があります。
さて、その阪神が強くなっていった時期に球団社長を務めた野崎勝義氏が書いた『ダメ虎を変えた!-ぬるま湯組織に挑んだ、反骨の11年』という本を、先日読んだのですが、これが劇的に面白かったです(^^)。
時代としては、野村監督・星野監督のときに社長を務めた野崎氏ですが、かなり踏み込んだ話にも触れており、阪神ファンでなくても十分に楽しめる内容です。また、後半部分では、近鉄・オリックス合併、1リーグ移行で揺れに揺れた当時の話も盛り込まれています。
先日、このブログで『キャッチャーという人生』という本を紹介したときに、「今まで読んできた本のなかでもベスト5に入る」と書いたのですが、これもベスト5に入ってしまいそう(^^)なほど、読み応えのある本でした。
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先日、「横浜ファンを辞めます」と書きましたが、ちょっと補足を。
辞めようと思ったのは、これ以上応援するのは精神的に厳しいということと、プロの球団として恥ずかしい状況を一向に改善できない(4年間。もっと言えば10年間)横浜というチームにもはや魅力を感じなくなってしまったからです。
今シーズンに関して言えば、決して他球団に比べて戦力が大幅に劣っていたとは思えませんでした(特に打線)。しかも、統一球ということで、チームのウィークポイントである「投手力」の差が例年よりは出ないはずの状況下で、5位から12ゲーム離されての最下位。
テレビでも球場でも、キャッチャーの配球に憤慨することの多い今シーズンでしたが、それは選手というよりも、首脳陣に原因があるようにも感じました。
しかし、監督のコメントは、まるで他人事のようなものが多かったのも、気持ちが離れていった原因です。
中村紀のセカンド起用も、本人のガス抜きにはなったかもしれませんが、通常、セカンド・ショートを守っている野手陣たちはどう思ったでしょうか。
「プロの野球」が見たかったはずのグラウンドで、練習する時間はいくらでもあるはずの選手たちが、1シーズンほとんど同じようなプレーを繰り返す光景(一部、そうでない選手もいますが)は、もう見飽きました。
フロントに目を移せば、これだけ長期にわたって、酷い状況を続けている背景には、明らかに組織として間違っている部分があるのだろうと思います。それこそ、具体的にそれぞれの部署がどういう形で仕事をしているかを見ていけば、かなり原因がハッキリすると思いますが、さすがに選手に比べてフロントの具体名を事細かに把握するのは難しいですし、そうしたことをすること自体、気分が悪くなるだけで、あまりしたいことではありません。
確かに、昔の大洋も弱い球団でした。
ただ意外と、旗色の悪い試合でも、試合終盤、粘りを見せるような試合も数多くありました。
0-5から、9回になってからようやく反撃して、4点まで獲るけど1点追いつけず負け(^^)とか、1巡目・2巡目は完全に抑えられるも、ピッチャーがへばってきた3巡目になると急に打ち出すなんて試合も結構見た記憶があります。
で、弱い割には意外と最下位はそんなにないのも特徴(82~96年あたりでくくった場合。計3回。連続最下位は一度もなし)で、それが何とも煮え切らない「大洋(横浜)」らしさでもありました。
ちなみに、自分のなかで「一番大洋らしい選手を挙げて」と言われて思いつくのは、西村博巳です(^^)。
今思うと、あれだけ弱かった大洋が、最下位にはならず4位か5位には滑り込めたのは、昔の野球は、ある程度緩い部分があったからかもしれません。
しかし、そこから20数年経ち、全体的にプロ野球選手がアスリートに近くなり、それにより、チームの勝敗においても、「少しの緩みが、結果、大きな差」になっていくのが、今のプロ野球と言えるでしょうか。
そうした状況下で、各部分で大きく遅れをとった横浜が盛り返すには、フロント・選手・首脳陣とも、相当な意識変革が必要だと思うのですが、そうした「プロセス」、そして「結果」が見えなくなって、はや10年。
もしかしたら、自分が社会人として年を重ねてきたせいかもしれませんが、もはや、横浜の「プロとして恥ずかしい状況を一向に直せない姿」を許せなくなってしまいました。
今後も、横浜を引き続き応援される方達。その方々の応援は、本当に貴重だと思います。
それに対して、「横浜」というチームがどう応えていくか。
それが、目に見える形でグラウンドで表現されない限りは、ますます横浜は魅力の無いチームになっていくと思います。



























