人気ブログランキング | 話題のタグを見る

スポーツの伝え部が亡くなる

今日、ガソリンスタンドで洗車を待っている間、何気なく休憩所に置いてある新聞をパッと開いたら、

「作家の海老沢泰久さん、死去」

と書いてあった。

正直、不意を突かれた感じで、「エッ」と思ってもう一度見返したが、確かにそこには、海老沢さんが亡くなったという記事が書かれていた。

  ◇     ◇     ◇

スポーツを、変に感傷的に書くのではなく、でも「その素晴らしさを存分に伝える」という部分で、海老沢さんの書いた作品は好きだった。
過剰な表現はなるたけ避け、できる限り事実を丁寧に追おうとする一方で、自身のスポーツ、そしてスポーツのプロフェッショナルに対する並々ならぬ思いを抑えきれないところが端々に感じられるその文章は、非常に魅力的だった。

海老沢さんの作品には数々の名作があるが、そのなかでもラストが印象的な2つの作品がある。

一つは、巨人・堀内恒夫投手の現役時代の軌跡を辿った『ただ栄光のために』。
自分は世代的に堀内投手の現役時代についてはほとんど記憶に無いのだが、今まで数字でしか知らなかった堀内投手の凄さ、そしていい意味での生意気さが、文章を通じて見事に伝わってきた。

そのラストの場面。
自身の引退試合で、投手にもかかわらずホームランで締めくくって、その後、家族を迎えるシーン。
息子の「パパってすごいんだね。ホームランも打てるんだね」という息子の言葉に対しての堀内の言葉。

「いまごろ分るなんて遅いぞ、おまえ。おまえが生まれるまえには、あんなことはしょっちゅうやっていたんだぞ」

もちろん、このシーンに来るまでの数々の描写は素晴らしいのだが、この最後の言葉が、海老沢さんが堀内恒夫をどういう人間として伝えたかったのかを集約しているように感じられ、「こんな粋な締めくくりもあるんだ」と、読んだ当時感嘆した記憶がある。

もう一つの印象的なラストが、中嶋悟F1参戦1年目(チームはロータス・ホンダ)を描いた『F1 走る魂』。
こちらも実は、自分がF1をしっかり見始めたのは中嶋がティレルに移ってからだったので、この年のF1は記録でした見たことがなかった。当時のドライバーそしてチームのラインアップに新鮮な気持ちを抱きつつ、作品内での詳細なレース描写に、実際にF1中継を見ているかのような思いでページをめくっていった。
そのラストは次の文章で締めくくられていた。

「彼は一九八七年のF1グランプリ十六戦に日本人として初めて全戦出場し、十戦を完走した。そして、サンマリノ、ベルギー、イギリス、日本の各グランプリで入賞し、7ポイントを獲得してドライバーズ・ランキングで十一位になった。全戦出場したドライバーは全部で二十六人だったので、彼の上には十人、彼の下には十五人のドライバーがいるということだった。
それが彼の成績だった。それ以上でもそれ以下でもなかった。彼は世界で十一番目のF1ドライバーとして最初のシーズンを終えたのである。」

400ページ近く費やした後に、あえて事実の羅列で締めくくるというラスト。
ここに、中嶋の走りを「過大評価でもなく、過小評価でもなく、正当に評価してほしい」という海老沢さんの願いが見える。
海老沢さんの眼には、日本人ドライバーについて、チームメイトにほぼ全レース負けているという事実は覆い隠し、良い要素のみをピックアップし騒ぎ立てる「日本のF1報道」は、どう見えていただろうか。

  ◇     ◇     ◇

また、小説以外にも、「評論」という部分で、週刊ベースボールへの長年の寄稿をはじめ「なかなか他のマスコミが指摘できないことを言う」という点で貴重な存在だった。
ときに「自分の考えとは違うかな」と思うこともあったが、「野球」「ファン」というものを第一にした視点での数々の指摘は考えさせられるものも多かった。
なお、海老沢さんが過去に新聞・雑誌に寄稿したものをまとめた、『巨人がプロ野球をダメにした』という連載集がある。個人的なことだが、自分が以前、出版社に編集者として勤めていた時代、その本にヒントを得て数冊、野球エッセイ集を企画・編集したことがあった。そうした意味では、勝手に「仕事のヒントをくれた方」とも思っている。

  ◇     ◇     ◇

最近は、スポーツに関する小説の執筆は少なかったので、前述した作品や『監督』(ヤクルトV1時の広岡監督をモデルにした小説)のような海老沢さんしか書けない作品はもう読めないのかなと思っていたが、それが本当に現実になってしまった今、そして海老沢さんのような作品を書ける人が少ない現状を考えると、非常に残念な気持ちが大きい。
あと3冊ぐらいは「粋で、且つじわりと読み手の心に沁みてくるような」作品を読みたかったが…。
by momiageyokohama | 2009-08-15 03:13 | スポーツ本 | Comments(0)

「読んだ方が野球をより好きになる記事」をという思いで、21年目に突入。横浜ファンですが、野球ファンの方ならどなたでも。時折、ボクシング等の記事も書きます。/お笑い・音楽関連の記事はこちら→http://agemomi2.exblog.jp/


by もみあげ魔神
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30