悲しむことだけが追悼ではない
2009年 06月 16日
あってはいけないことだけれども、いろいろなことを考えると不可避だったのかもしれない…。
ニュースを聞いてから2日経ち、そんなことを思います。
感傷的になろうと思えば、いくらでもなれる。
でも今日、日刊スポーツを読んでいたら、あまりそうやって悲しむことには意味が無いような気がしてきました。
それよりも、下記のようなサイトを見ながら「あったなあ~(^^)」と、ちょっとした笑いとともに、素晴らしかった試合の数々を思い出すのが一番の追悼のような気もします。
「全日本プロレス中継迷言集だ!ゴルァ!」
(↑ 90年代、全日に夢中だった人、必見です)
◇ ◇ ◇
なお、一番の身内であるNOAHの選手の公式コメントはまだあまりないですが、他団体のプロレスラーがかなり自身のブログでコメントを出しています。
一番感情が表れているのが小島聡選手、そして一番プロレスらしいのがTARU選手のコメントでした。
個人的には、三沢選手と同様プロレスの試合で生死の境をさまよう経験をしたから、ではなくて、以前「週刊プロレス」のNOAH東京ドーム増刊号(2004年)で、三沢選手について下記のような評価をしていたという理由で、高山善廣選手のコメントが聞きたいです。
「NOAHとかプロレスとかっていう空間のなかでは絶大な支持があっても、そこからはずれちゃった時に「あのひとはなんのひと?」「多分、プロレスをやっているひとだよ」で終わっちゃうんです。プロレス界の現役のなかの象徴のようなひとなんだから、そうであってはいけないんです」
(↑「高山善廣先生のNOAHの通信簿!」というコーナーの三沢選手に関するコメントの一部抜粋。「普段の活躍」「テクニック」の部分では高評価をしており、上記の発言は「プロレス人気」に対する危機感と、三沢選手がそのトップに位置する選手がゆえあえて言ったコメントだと思います)
◇ ◇ ◇
最後に。
高校生の頃から今まで、リアルタイムで三沢選手の試合を見られて、しかも数え切れないぐらいの素晴らしい試合を見られて、本当によかったです。



























