まだ信じない。
2005年 03月 09日
投手陣は、染田-斎藤隆-クルーン-ホルツ-岸本のリレー。
注目の染田投手は、3回を3安打1四球1失点の内容だったのですが、その次に投げた斎藤隆投手が、3回を1安打5奪三振無失点、というピッチングを見せたようです。
スポーツニュースでは、「ローテーション入りに一歩近づいた」というところもありましたが、まだそう決めるのは早いでしょう。
正直、斎藤隆投手にはここ数年裏切られた、と思っているファンは多いのではないでしょうか。
僕自身本当は、この「ファンを裏切る、裏切らない」といった表現は好きではない(現場レベルでは、外部からは見えない要因もあったりするので)のですが、ここ2年は
2003年 17試合 6勝7敗 103・1/3回 防御率4.18
2004年 16試合 2勝5敗 44・1/3回 防御率7.71
という成績。しかも年俸2億4000万円(推定)となると、「裏切った」と言われても仕方がない所だと思います(たとえ、怪我などの要因があったとしても)。
特に、昨シーズンの場合は、ストレートのコントロールがバラバラで、見ていてとても抑えられる気がしませんでした。
マウンドで、「こんなはずないのに…」と首をかしげる姿を見ても、逆に「これだけ長年プロでやってきて、まだ安定した球を投げるポイントみたいなものをつかんでないのかなあ…」と寂しさを感じました(以前、試合前のキャッチボールを見たときに、あまり丁寧にやっていなかったように見えたということがあたので、余計に悪いイメージがある、ということもあります)。
斎藤投手が、先発で会心の投球を見せたのは、99年ではなかったでしょうか。
チームは、前年の優勝から3位、と順位を落としてしまいましたが、先発・中継ぎ問わず、前年までよかった投手が総崩れになっていくなかで、同じく前年満足のいく成績を挙げられなかった川村投手と2人で、横浜投手陣を支えていた、という印象があります。
防御率は3.95でしたが、どの試合でも、ある程度のコントロールを保ち、走者を背負っても粘り強く投げて、14勝3敗という成績を残しました(打線の援護も大きかったとは思いますが)。
実は斎藤投手は、13年のキャリアの中で、二桁勝利を記録したのは3回だけです。そのうち、2年間は抑え。また、二桁勝利を記録した3度のうち、98年は最初のうち、中継ぎで投げ始めた時に挙げた勝利も入っているので、先発での二桁勝利となると、「11年のうちの2シーズン」ともいえるでしょう。
そう考えると、斎藤投手が一年ローテを守って、なおかつ二桁勝利を挙げる、という確率はかなり少ないと考えるのが現実的だと思います。
もちろん、よく試合の前半に見せる、手のつけられないストレートやキレキレスライダーの凄さも目に焼き付いています。
しかしこれまで、そのピッチングを1シーズン通して、というより、試合の終盤まですらも、あまり見せてもらえないファンの立場としては、いくらオープン戦でいいピッチングをしても、「今は黙って静観」というところです。



























