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最近は試合はおろか、スポーツニュースもなかなか見れない毎日。
撮り溜めしている『プロ野球ニュース』は、まだ前田健太のノーヒットノーランまでしか見ておらず(^^)。 球場に行けるのはいつのことやら、という状況ではありますが、なんとか時間作って、友だちと野球のことについてああでもないこうでもないと飲みながら話したいなあ…なんて思う今日この頃です。 で、この前、たまたまやっていた巨人とソフトバンクのリピート放送を見て、一つ感じたこと。 「ストライクゾーンが相当広い」 これは昨年からいろいろなところで言われていることではありますが、久々に試合を見ると、以前とは別物というぐらい違いを感じました。 1ストライク目での胸の高さのボールは、ほぼ間違いなくストライク。ストライクゾーンをかすめたかかすめないかぐらいのシンカー系のボールも、審判が迷いなくストライクをとっているのを見て、「このストライクゾーンじゃあ、ピッチャーが絶対的に有利だよなあ」と思いました。 「超投高打低」の大きな原因は統一球にあるというのは間違いないと思いますが、ともすると、それに匹敵するぐらい、「ストライクをとるゾーンの広がり」はバッターに影響を与えているのではないでしょうか。 もう1点は軽い話題。知っている人は知っていると思いますが、横浜・高森(6年目)の新井のモノマネは秀逸(動画でいうと1分5秒あたり)。 ちなみに、お題は「右中間3ベース打った直後の新井」。 落ち込んだときは、これを見て元気を出そうと思います(^^)。
先週の5月19日は「ボクシングの日」でした。
なぜこの日がそうかというと、白井義男さんが日本人初の世界チャンピオンになった日にちなんで。 と言っても、実は自分もあまり認識がなかったのですが、翌日のスポーツ新聞で、後楽園ホールのリングに世界チャンピオンがズラッとファイティングポーズをとって並んでいる写真を見て「おおーっ」と思いました。 その写真の横には、日本のジム所属の歴代世界チャンピオン一覧が載っていたのですが、それを見てちょっとぴっくり。自分が記憶にあるのは、具志堅(といってもキャリア後半の方)、渡嘉敷、渡辺二郎ぐらいからなのですが、具志堅は白井義男から数えて、日本人15人目の世界チャンピオン。 その後、勇利アルバチャコフやホルヘ・リナレスといった国籍は日本でないが日本のジム所属の選手も含めると、歴代世界チャピオンは70人あまり。 ということは、歴代の7割以上のチャンピオンを見てきている公算なんですね。団体が多くなり、以前より世界チャンピオンになりやすい状況があるとはいえ、海外挑戦の連続失敗という課題はあるものの、結構なペースで世界チャンピオンを出しているんだなと思いました(80年代終盤には長い間、王者不在という時期もありましたが)。 ブログでもちょくちょく書いているように、最近、とみにボクシング熱が復活している状況。 人生を賭けて勝負に挑む生き様に感慨を覚えるのもありますが、1対1で、しかも直接的な勝負、というシンプルさが心を動かされる原因にも思います。 さて、現在の世界王者の現況はというと、内山高志が地元・春日部で7月に防衛戦。もちろん今回の戦いに勝利しての話になりますが、内山には粟生との統一戦よりも、さらなる世界の強豪との戦いに挑んでほしいですね。 そして統一戦といえば、6月20日(水)に行われるのが、WBC世界ミニマム級チャンピオン・井岡一翔とWBA世界ミニマム級チャンピオン・八重樫東との、日本初の同階級王者同士の世界戦。 実現をさせた井岡、大橋会長に感謝するとともに、ボクシングの素晴らしさが、日頃は見ない人にも伝わるような試合をぜひとも期待します。 放送元のTBSもかなり力入れて宣伝するようですが、一連の亀田戦でボクシングに対するイメージダウンの一翼を担ったマイナスを取り返す意味でも、統一線相応の盛り上げをしてほしいですね。 あとは、山中慎介の自戦の相手も気になるところ。また、現在は日本王者の岩佐亮佑(初防衛戦は1RKO)の今後の動向も。 その他、先日、日本フェザー級王座を獲得し、嬉しさのあまり、リングに大の字になった金子大樹や、淵上誠と同じ八王子中屋ジムの荒川仁人(現:東洋ライト級王者。次の防衛戦は40歳(!)の嶋田雄大)なども注目のボクサーです。 今日は遅いので、これぐらいにしますが、う~ん、まだまだボクシングのことが書き足りない…。 なお、野球ネタは次回あたりに。
先日書いた、日本人ボクサーの海外世界挑戦3連戦。その結果は…。
5月1日にモスクワで行われた、王者ピーログと石田順裕のWBO世界ミドル級タイトルマッチは、0-3(109-119,108-120,111-117)で石田選手が大差判定負け。 5月5日シンガポールで行われた、王者クリス・ジョンと木村章司とのWBA世界フェザー級タイトルマッチは、0-3(108-119、109-118、110-117)で、これまた木村選手が大差判定負け。 そして、5月12日、ウクライナ・キエフでの、王者ゴロフキンと淵上誠のWBA世界ミドル級タイトルマッチは、3回1分46秒、淵上選手のTKO負け。 3戦とも、日本人選手には厳しい結果になってしまいました。 特に、密かに一番期待をしていた淵上選手。あのタコ足のような右ジャブで王者を攪乱して、佐藤幸治選手を倒したときのような超番狂わせを…と期待したのですが、オリンピック銀メダリストかつプロでも22戦全勝19KOの王者の前に、ほとんど何もできず完敗。 これまでは相手が飛び込んでくる邪魔をしていた右ジャブも、圧力によってあっという間に距離をつめられ、自身のスタイルとはいえ右も左もノーガードの構えでは、磐石の王者には太刀打ちできませんでした。 ただ、結果は非常に残念でしたが、ミドル級という世界のなかでもかなり層の厚い階級においてタイトル挑戦をしたということには、まずは拍手を送りたいと思います(一方で、これから本気で世界を目指すには、幾重もの壁を越えなければいけないことを実感させられた試合でもありましたが)。 さて、この世界戦の前、なかなか報道が少ないなか、淵上選手の様子を逐一見られたのが、八王子中屋ジムのブログでした。 試合前に、自身の勤務する日野自動車で行われた記者会見の様子や、試合前日の計量の様子など、写真つきでレポートを紹介してくれていたのですが、そのなかの文章に書かれている作成者の内なる声(括弧づきで書いたあと、線で消してある)が、結構面白かったです。 特に笑ったのが、対戦相手のゴロフキンを紹介したところでの、『実力はあるのに、知名度はまだこれからという事で 結構、笑いの心得がある人が書いている気がします(^^)。 ブログといえば、WBC世界スーパーバンタム級チャンピオン(現在は名誉王者の肩書き)の西岡利晃が、自身のブログで、パッキャオ2世とも言われるノニト・ドネアへの対戦を熱烈アピール。 これは、ブログのなかの話だけではなく、実際に双方の陣営同士が交渉中とのこと。 世界的にも注目度の高いボクサーに、「試合、やろうよ~」と言えちゃうポジションにいるということも凄いが、この対戦が実現すれば(そして、もちろんラスベガスで)、もっと凄い。 こうしたポジションにまで上り詰めた第一歩は、ジョニー・ゴンザレスとの一戦だと思いますが、ボクシングファン全般に、チャンピオンになってもさらに強豪と戦うことの意味を教えてくれたのは、長谷川穂積がモンティエルとの王者同士の戦いに挑んだ試合だったと思います。 それにしても、西岡と長谷川は直接対決こそないものの、いろいろな縁が。 西岡が4度挑戦しても勝てなかったのが、ウィラポン。その西岡との4戦を含め、14度の防衛を果たしたウィラポンから王座を奪ったのが長谷川。その長谷川との王座統一戦に勝利したモンティエルを、2R衝撃KOで葬り去ったのが、今、西岡が対戦を熱望しているドネア。 さらには、3年前、西岡が痛烈KOで下したジョニー・ゴンザレスは、昨年、フェザー級タイトルマッチで長谷川穂積にKOで勝利して2階級を制覇。 それこそ、古くはウィラポンの前のWBCバンタム級チャンピオンは辰吉丈一郎で、さらに2012年5月現在、そのベルトを巻いているのは山中慎介。 このあたりの話をし出したら、2時間でも3時間でもずーっとお酒が飲めそうです(^^)。 いずれにしても、西岡とドネアの対戦が実現することを願うとともに、淵上選手には、格好はよくないかもしれないけれど、また見ている人の心を揺さぶるような試合(ただし世界を狙うのならば、ガードは上げてほしい)を見せてほしいですね。
シーズン前に書くといっておきながら、PCが壊れてしまい、頓挫してしまったこの企画。
今回からスタートします。 最初は近鉄編(1982~2012)。 近鉄というと、“名試合製造球団”という印象がありますが、本企画の対象は自分が野球を見始めた1982年から現在まで。ということで“江夏の21球“で有名な広島との日本シリーズ(1980年)は対象外にさせていただきます。となると、大体「あの試合」と「あの試合」と「あの試合」が浮かぶ方が多いと思います。 おそらく2つはその通りで、もう1試合は違った角度から印象に残った試合を。 1. 1988年10月19日 ロッテ vs 近鉄 (川崎球場) 近鉄といったら、というより「記憶に残る試合」といったら、まずはこれしかないでしょう。 シーズン最終戦となるダブルヘッダー2試合を連勝すればリーグ優勝。逆に言えば、連勝しなければ優勝を逃す(さらには第1試合は9回での決着が条件。さらに第2試合にも時間の縛りが…)という究極の状態での最終決戦。 今見返しても、あらゆるところにドラマがある2試合なのですが、そのバックボーンとして忘れてならないのが、当時の西武の圧倒的な強さ。 1982年から「10.19」の前年の1987年までの6年間で5度の優勝、4度の日本一。シーズン中盤で2位に二桁のゲーム差をつけるなんてこともあり、投・打・守・走、そしてチーム力と、あらゆる部分で他のパ・リーグのチームを凌駕していたのが当時の西武でした。 実は自分は野球を見始めた当初は大洋ファンであるとともに西武ファンでもありました。地域として一番近いプロ野球球団が西武だったというのが大きかったのですが、小学校を卒業し中学校に上がる頃になると、あまりの強さに、逆にアンチ西武になるほどでした。だからこそ余計に、このときの近鉄の頑張りが心に残りました。 シーズン中盤、一時は8ゲーム差をつけられるも、終盤怒涛の連勝で、西武に肉薄。そしていよいよ、残り2試合でマジック2という状態で、ロッテとのダブルヘッダー。 「10.19」をダイジェストで振り返ると、第1試合の引き分け(イコール優勝ならず)間際の梨田の勝ち越しタイムリー、生還した鈴木貴久と倒れ込みながら喜び合う中西コーチ。第2試合、先制されながらも同点に追いつき、さらには吹石、真喜志という脇役の一発でついに優勝か。それでも同点に追いつかれると、今度はブライアントが勝ち越し弾。そして「後は託した」と送り出した阿波野が高沢に無情の同点弾。迫り来る4時間以上引き分けという時間枠。そんななかでの有藤監督の抗議。そして羽田、無念のゲッツーで、近鉄の優勝が消滅…。 おおまかに言うと、こうした流れだったのですが、当時の映像(ビデオ版)をもう一度見てみると、その他にも数々の印象的なシーンがあります。 第1試合、梨田のタイムリー前の代走佐藤純一の走塁死(そしてその後の表情。ちなみに、引退後はパ・リーグ審判に)。勝ち越し後の9回裏、やっとの思いで逃げ切った吉井―阿波野の継投。そして第2試合の9回表、勝ち越し打かという三塁線の当たりを横っ飛びでキャッチしアウトにしたロッテ・水上のスーパープレー。 なお、最終的にこのシーズン、優勝した西武の勝率は.589。2位近鉄の勝率は.587。ゲーム差は0でした。 プレーオフ制度が定着した現在、もうペナントでのこうした戦いを見ることはないでしょう。そういう意味でも伝説に残るこの最終戦。20代前半、また10代の野球ファンの人にもぜひ見てもらいたい試合です。 2. 1989年10月12日 西武 vs 近鉄 (西武球場) 「10.19」翌年の1989年。パ・リーグの優勝争いは、またもや壮絶な戦いになりました。前年、優勝を争った西武と近鉄に加え、この年、阪急から球団名が変わったオリックスも加わって、三つ巴の争いに。 それでも、西武からすると連勝すれば大きく優勝に近づくという状況で迎えた、近鉄とのダブルヘッダー。逆に近鉄からすると前年同様、絶対負けられない状況で迎えた西武とのダブルヘッダー。 第1試合、試合は西武優勢で進み、序盤で4-0。その後、ブライアントがソロホームランを打つも、西武が1点を追加し、近鉄からすると1-5。 しかし、6回表、満塁のチャンスでブライアントが郭泰源から起死回生の同点満塁弾。 さらにさらに8回表、リリーフで登板してきた渡辺久信の内角高めの速球をものの見事にライトスタンド上段に叩き込む勝ち越し弾。ブライアント一人で6打点叩き出しての6-5での勝利。 さらに第2試合、今度は高山(現:ソフトバンク投手コーチ)から4打席連続弾となる勝ち越しホームラン。この試合はリベラ、鈴木もホームランを放ち、結果14-4の大勝で西武5連覇の夢を打ち砕きました。 その翌日、オリックスがロッテに敗れたために、近鉄の優勝マジックが1に。その次の日、藤井寺でダイエーを破って、ついに近鉄が優勝を果たしました。 最終的に、上位3チームの勝率は、1位 近鉄 .568、2位 オリックス .567、3位 西武 .566。こんな優勝争いは、もうこの先も無いでしょう。 それにしても、今でも驚くのがブライアントのスイングスピードと飛距離の凄さ。昔の野球の映像を見ると、今と比べてスローな感じがしたりするものですが、今見てもブライアントのホームランは半端ないですね(特に渡辺久信から打った3本目)。 ちなみに、この激戦を制して出場した日本シリーズが、そう、かの加藤哲郎で有名な日本シリーズです(^^)。 3. 1990年4月29日 オリックス vs 近鉄 (西宮球場) 1989年オフに行われたドラフトは、のちに各球団の1位選手(さらには2位・3位指名の選手も)が軒並み活躍するという大豊作のドラフトでした。そんななか、史上最多8球団からの1位指名を受けたのが野茂英雄(阪神・ロッテ・ヤクルト・大洋・ダイエー・日本ハム・オリックス・近鉄が指名)。そして、見事交渉権を引き当てたのが近鉄でした。 翌年、シーズンが始まった最初の2試合では、それほど際立ったピッチングとはいえなかった野茂。しかし、プロ入り3試合目となるこの試合、ついにその力をプロ野球ファンに強烈に印象付けます。 当時、その強打からブルーサンダー打線と呼ばれたオリックスから、なんとプロ野球記録(当時)となる17三振を奪ってのプロ初勝利。 その前年、新聞の写真でそのフォームを見たときは正直「何だ、このフォームは?」と度肝を抜かれましたが、そのスケールの大きさに違わぬ鮮烈な初勝利っぷりに、プロ野球を代表する選手になっていくであろう、大きな期待感を抱きました。 残念ながら、近鉄時代の野茂の試合は、なかなかリアルタイムで見る機会が無かった(たまにやるNHKでの中継か西武戦ぐらい)のですが、近鉄のあのユニフォームでの、ホーム側から見ると背中の「NOMO 11」がまんま見えるあの足を上げたフォームは、今でも印象に焼き付いています。 その後、日本人がメジャーに行くという道を切り開いてくれた野茂。MLBでのデビュー戦も日本野球にとってエポックメイキングになった試合だと思いますが、プロ選手としてある意味第一歩を踏み出したと言えるこの試合も、プロ野球界にとって重要な試合と言っていいのではないでしょうか。 ということで3試合を振り返ってみました。ちなみに、ここでは挙げなかった「一般的には入るであろう3試合」のもう一つは、北川の「代打逆転満塁サヨナラ優勝決定お釣り無しホームラン」。これも、もはや今後起こり得ないだろう出来事だとは思いますが、この時点でほぼ近鉄の優勝が決まっていたことと、このシーズンは結構ホームラが出やすいシーズンだったということもあり、野茂の17奪三振の方を3試合に入れさせてもらいました。 思ったより長くなってしまったこの企画。次回はヤクルトあたりを書きたいと思いますが、いつになるかはまだ未定です(^^)。
佐藤洋太の世界王座奪取に始まり、清水、亀田興、山中、粟生と、国内でのボクシング世界戦が続いた1ヶ月前。
しばらく日本人の世界戦は空くかと思いきや、今週(というか、1戦目はあと数時間後)、日本人が海外のリングで行う世界戦が立て続けに行われます。 5/1 WBO世界ミドル級タイトルマッチ (ロシア) 〔王者〕 ドミトリィ・ピーログ(ロシア) vs 〔挑戦者〕 石田 順裕 19戦19勝(15KO) 33戦24勝(9KO)7敗2分 5/5 WBA世界フェザー級タイトルマッチ (シンガポール) 〔王者〕 クリス・ジョン(インドネシア) vs 〔挑戦者〕 木村 章司 48戦46勝(22KO)2分 30戦24勝(9KO)4敗2分 5/12 WBA世界ミドル級タイトルマッチ (ウクライナ) 〔王者〕 ゲンナジー・ゴロフキン (カザフスタン) vs 〔挑戦者〕 淵上 誠 22戦22勝(19KO) 25戦19勝(10KO)6敗 一般紙はおそらくベタ記事扱いであろうこの3戦。おそらくネットでしかその試合の様子を確認することができないと思いますが、双方の戦績を見てもわかるように、日本人選手の勝利を予想することがかなり難しい3戦でもあります。 元スーパー・ウェルター暫定王者にも就いたこともある石田順裕(のぶひろ)は、昨年、無敗の強豪であったジェームス・カークランドを1RKOで下し世界的にも注目を浴びる存在になったものの、前戦では元2階級王者に対し、フルマークの判定で敗戦(ただし、見た目の印象はポイント差ほどではなかったようですが)。 そして今回、キャリア全勝でKO率も8割近い王者のホームで戦うということで、かなり分が悪いと思わざるを得ません。 5日にシンガポールでの世界戦に挑む木村章司は、先月時点でランキングはWBA15位。 今年の1月、元世界タイトル保持者でもある李冽理に買ったとはいえ、2年前の世界初挑戦では4RKO負け(このときも海外(タイ)での挑戦)。 対するクリス・ジョンは、このところ試合のペースこそ遅い(3年で5試合)ものの、2003年に王座を獲得してから15度の防衛。4年前には当時日本ボクシング界期待の一人だった榎洋之を寄せ付けずに勝利。ここ5年KO勝ちが無いところが、数少ない付け込むポイントの一つかもしれませんが、いずれにしても百戦錬磨と形容してもいい王者です。 淵上誠は、先日の記事でも書きましたが、昨年末の佐藤幸治戦での大逆転KOと試合後のインタビューですっかりファンになってしまったボクサー。デビュー戦は敗戦、プロ5戦目までは2勝3敗。決して華々しいボクシングキャリアのスタートではありませんが、そのタコの足のような右ジャブが相手にとってやりにくいのか、昨年は佐藤戦も含めて4試合をすべてKOで勝利しています。 ただし今回の世界戦。正式に試合決定が発表されたのが昨日。試合2週間前に急遽決まったウクライナでの世界初挑戦と、コンディション的には相当に難しいシチュエーションでしょう。 日本人の海外での世界挑戦は、本当に長い間成功していません。その理由として、日本国内での世界戦よりも、ランキング的にトップと離れた選手である場合が多いということもあるとは思います。ただ、先日、王者の地元である南アフリカで世界戦を戦った高山勝成が、試合後「倒さないと勝てない」と語ったように、アウェーの不利というのは厳然としてあるでしょう。 直近で日本人が海外での王者奪取に成功したのは、なんと92年の平仲明信まで遡ります。 改めて見てみると、今回の3人の王者は3人とも無敗。さらに、うち2人は、日本人が獲得することは相当困難と言われているミドル級の王者。そして、1人は10年近く王座を守っている王者です。 どこからどう見ても王者奪取は難しいと思われる3戦ですが、それでも3人は自分の力を信じて戦うでしょう(そしてセコンドも)。 「勇気」と「戦略」と「気概」と「技術」と「心」が合わさって、20年ぶりに「海外での世界王者奪取!」のニュースが届くことを願います。
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